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旗振り役?

サークルのころの反省。
以前も書いたかもしれないが改めて。最近、会社の先輩を見ていて「あーこの感じってサークル時代の自分の雰囲気なのかもなぁ」と思ったので、その辺の反省と確認をば。

雑に概要
広告研究会というサークルに所属していた。かなり大所帯で時に30人とかの規模の班なども構成していた。その中で、班長なんていう役職にも就いていた。ただ、班は順当ではなかった。亀裂も生じたし、なかなかうまくいかなかった。

反省①
振り返ってみると、個々の人をきちんと見れていなかったのかもしれないなぁという思いがある。
個々の人がどんな特徴でどんな思いを持っているか、持つ可能性があるのかをきちんと想像できていなかった。

反省②
自分がどんな方向に進みたいのかを明示できていなかった。
大枠として「勝ちたい」みたいなことは言っていたが、ここの判断ポイントにおいては何も出来ていなかったし様々なことに対しての「価値基準」を策定できていなかった。

暫定でも、判断する「価値基準」を項目を複数出しておけば、その基準に合致できるように様々なことを、判断できたかもしれないなぁと思う。

反省③
宇野さんのTEDxTokyoを見た。その中で、「文化を生むには過剰なコミュニケーションが必要だ」というようなことを言っていた。講演の主題は組織に関係するところとはややずれるように感じるが、「組織においても”文化を生む”」意味では、価値がある話に聞こえる。

宇野さんがおっしゃるようなコミュニケーションを取れていなかったかもしれないなぁという思いがある。いくらか語る場があれば相互理解に至りやすかったかもしれない。

反省④
その場のことではないが1点。上に書いているような失敗をしたのはおよそ2年前である。そこから、振り返るまで時間がかかりすぎた。
振り返りをするまで間が空きすぎたことへの反省である。
当時は、対処にいっぱいいっぱいなつもりで、「よし・あし」をジャッジするだけの余裕がなかった。

一旦でもジャッジしてPDCAまわす必要はもうちょっと早めにあった。

まとめ
・個々を見れていない。
それぞれは、別の思いでなんとなく行ってることが多い。まずもって、それの理解。理解したうえでどう対処/依頼していくかを考える。
・ビジョン/価値基準の明確化
何かを判断する際には、なんらかの基準がある。1人でなにかをおこなう意味では直観で十分であるが、複数人で何かを行う際には基準の「説明」をし、納得してもらうことが必要である。そのための基準を事前に考える必要があった。
もちろん、基準は徐々に更新していく必要があるように感じる。
・コミュニケーションをとる
「自分はこう思うんだよね」や「〇〇どうでした?」というものから、「ありがとう」というレベルまで様々あるように思う。〇〇のように思うんだよねは、ある種のビジョン性に近い部分もある。また、別の要素として、様々なことを一旦でもクロージングするような要素(依頼・提案されたら、なんらかの反応(どう対応したか)を相手にみせる)のが必要である。
・PDCAを早く。
ある出来事が良かったか悪かったかをできるだけ早くジャッジする。し続けている時期(結果が出るまでの期間)が長いものをどうジャッジするのかが難しい。思いが強くなるものほどジャッジしにくい。細切れでジャッジしつつ、最終結果をジャッジし、中間のものを数量的に見ていくことが必要に感じる。どうにかしたい。

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