毎日

ハイキュー!!の31巻を読んだ。なんというかかなりエモかった。
30巻に続いて31巻も内容の最も熱い要素と表紙の要素か関連してきていた。

ただ、エモかったとか、熱いとかって表現がどことなく嫌なので言語化したい。

(弱めのネタバレありです。)

冒頭に書いた通り、30巻31巻ともに表紙と内容が関連している。しかし、31巻の方がより情緒的に感じる。
31巻の方が終盤に熱い要素があるからだろうか、それだけではないように感じる。

31巻での熱い要素はのやっさんほどの実力者(天才)が怯えを克服する。その克服の過程で木下が力になっている。
木下自身その試合で活躍「出来ていない」。木下は西谷に比較すると凡人である。その凡人が「活躍」にあこがれ、しかし活躍できない。でも、西谷の支えになるような活躍をできていた。凡人でも天才を支えていた。(憧れるような存在に近づいた/認められた。同ラインに並んだ)

なんとなく、熱くなるのは凡人ー天才関係であるように思う。なんというか『左ききのエレン』的な要素である。(alittleeveryday的な)

憧れとか、信用とか夢を「着実に進める」ようなところに良さを感じているのかもしれない。
この着実に進むというのは
・細かい丁寧な要素は無駄じゃない。
・大きなビジョンでも描いてよい
・直接的でなくても、役に立つよ。
の要素かもしれない。

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