ホームレスに残飯を!?エチオピアで衝撃だった慣習
僕はJICAボランティアとして、アフリカのエチオピアでバドミントンを教えるために2年間、現地で生活をしていました。
その中でも現地で衝撃だった慣習について書いていきます。
◆ホームレスに残飯を?!
ある時、家の近くのローカルレストランで、ホームレスの人が何かをねだっているのを見かけました。そういった光景はよく目にするのですが、衝撃だったのはそのあとです。
いつもお店にいるおばちゃんが、袋いっぱいに何かを渡していたのです。
よく見ると、レストランで提供していたインジェラ等の残飯を袋に入れて渡していたのです!!!インジェラとは、エチオピアの主食で、日本でいうところのごはんです。インジェラについては以下の記事で紹介しています。
なぜそれがわかったかというと、ビニール袋が薄くて中身が丸見えだったからなのですが。
残飯をあげるのか?!マジで?!いくらホームレスだとしてもそれはあんまりなのでは!?
僕はとても衝撃を受けました。
確かに残飯はゴミになるよりかは、誰かが食べた方がいいかもしれないけど、人が残した残飯をホームレスの人に渡す倫理観は人としてどうなんだ!?
色々自分の中では理解できない事象だったのです。
ただ別の日に外国人も普通に泊まるようなちょっといい雰囲気のホテルの入り口でも、同じ光景を目の当たりにしたのです。
こんないい感じのホテルでも、ホームレスに残飯をあげるのか!?しかもビニール袋に詰めて!?何も感じてないのかこの人たちは?!
またまた理解に苦しみました。
というか、それが慣習としてあるならば、それはそれで僕も受け止める必要があるなと感じましたが、僕は残飯をホームレスに与えるという行為はやらなかったし、人生観的にできませんでした。
◆与える、分け与えるという文化
同僚と歩いている時も、似たようなエピソードがありました。
エチオピアでは物乞いが至る所にいるのですが、僕は何もしません。お金もお菓子も与えません。
ただ同僚は進んでコインを与えました。
ここでも理解できないポイントが発生しました。
たった1コイン与えたところで根本解決にならないじゃないか、そして与えられることに依存してその人が何もしなくなるじゃないか。
そう思ってました。
同僚からは全く逆の意見が返ってきて、またまた困惑した覚えがあります。
その1コインで、ホームレスの人はその日生きられるじゃないか。だったらコインをあげてその人を助けるのは普通じゃないか
確かにそうだけど、与えられることに依存しても根本解決じゃないじゃんという意見と、与えることでその人が助かるという意見の水掛け論で終わりました。
完全に価値観が異なっていました。
「与える」ということに関しては、キリスト教的な宗教倫理感も関係しているなと感じているので、ここでも価値観、考え方が宗教と結びついているなと僕は強く感じることになったのです。
◆無理して腑に落とさず、そういうものだと受け止める
どれだけ海外に出て行ったり、多様な価値観に触れて自分自身の幅を広げたとしても、自分が生まれ育った国の文化や慣習、経験から培ってきた人生観で、どうしても理解ができないことも多々あります。
そこで突き放すのではなく、理解に努めたり、そういうものだと受け入れることで、自分の器を広げることもできると思っています。
さすがに残飯をホームレスにあげることはできなかったですが、エチオピアではそういう慣習もあるんだな、それはそれで人のためになっているのかもしれないと受け止めました。
そうすることで、その考え方、価値観、倫理観がどこから来ているのかを知るきっかけにもなります。
僕がエチオピアで一番と言っていいほどびっくりした慣習を紹介しました。
みなさんはどう感じましたか。
ぜひコメントにでも意見をもらえたら嬉しいです。
ではまた!