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素人が短編ホラー小説を書いてみる「電車の中のA君」

※この話は知り合いの方が昔体験したという話をベースに作りました。

私が高校生だった時、いつも通り学校が終わり夕方一人電車に乗って帰っていた時の事だ。確かそれは金曜日の夕方。当時私は進行方向とは逆の端、つまり電車の一番後ろに位置する車両に乗るのが何となく習慣となっており、その日も駅で待っている段階からそこに座る事をイメージしていた。電車がホームに入り、車両一つ一つが私の前を通り過ぎていく。それぞれの窓を見るとそこまで混んではないように見えたが、あろうことか私が乗ろうとした車両にはおそらく中国辺りのアジア系の観光客らしき人々が集まっており、電車のドアが開いたと同時に陽気で力強い声の交錯が間もなく私の耳に容赦なく届いた。

これから少しずつ増えるであろう乗客達に対する彼らの配慮の結果、真ん中の車両ではなく端の車両に乗ったという私の推測。これが合っていたのかどうかは分からないが、ともかく私は落ち着きを求め別のドアから電車に乗り、通路を歩きながら適度に人と距離が有り座れる席を探した。この席じゃない、この席もいまいち、と心の中で囁きながらある一定のリズムで刻まれる靴の音。しかしここでリズムが崩れる。数メートル先の車両と車両を繋ぐ連結部分の近く、今で言えば優先席と呼ばれる席の前にA君が立っていた。

A君は中学校の同級生で、そこそこ親しく喋る事も有り親友、とまでいかないが交流は多かった方だと思う。乗り降りする駅も、乗る電車の時刻も微妙にズレていたので余り意識しなかったが、彼も同じ路線の電車を利用しているのは聞いた事が有ったし、おそらく部活が休みだったのかたまたまなのか、その日は珍しく電車の中で久々にA君の姿を見た。

「A君でしょ!?久しぶり」

少し離れた距離からその言葉が唇から零れる寸前、私は妙な違和感を感じた。A君のつり革をつかむ片手は電車が揺れる際にバランスを取るという意志や目的、そして力を失ったかのようにただぶら下がり、一人だけ冷凍室に長時間閉じ込められたと言わんばかりの虚ろな表情で窓向こうの景色を眺める姿は明らかに覇気がなく、目は開いているのに何も見ていない、という状態のように見えた。単なる自分の見間違い、人違いとも思ったがあれだけ見慣れた同級生、顔も背丈も、そして噂に聞いていた通っている高校の制服・・どれも一致している。

A君は一体何故こんな表情をしているのだろう?何か辛いことでも有ったのだろうか?そして何故こんなにも、近寄りがたい雰囲気が漂っているのだろう。今の彼は電車のフロアに横たわる影でさえ、ずっとそこに焼き付く程に得体の知れない生命が宿っているような錯覚さえ覚える。オーラという言葉が思い浮かんだが、今のA君を包んでいるもの、あるいは携えているものはそれ以上の強い何かだ。

結局、A君が立っている場所からおよそ1メートル半程離れていた私はそれ以上彼に近付くことは出来なかった。勘というものを余り信じないが、何故かこの時は声を掛けずに近付かずに、踵を返す事が今の私にとって最良の選択に思え、私は観光客達が居る後ろの車両の方へ速やかに移動し、賑やかな声を聴きながら降りる駅まで揺られていった。時々A君の居る方角に目を向けたが、相変わらず立ったまま微動だにしない。いつしか私は降りる駅に到着し、電車から降りた後はそのままホームに立ち、A君を乗せて走り去る電車を見送った。


その翌週の月曜日、私は学校で中学校の同級生で同じ高校に進学した友達に金曜の出来事を話した。

「先週の金曜さ、A君を久々に電車の中で見かけたんだよ!」

「え、A君を見かけたの!?」

「そう。でもA君さ、なんか覇気がない感じで近寄り難い雰囲気を漂わせてたから、結局声掛けられなかったんだよ」

「え・・。」

友達が少し曇った表情になる。

「えって、何なの」

重い口が開かれる。


「知らなかったの?A君は金曜日の夕方、バイク事故で亡くなったんだよ」

その言葉を聞いた瞬間、私の頭は真っ白になった。ジョークにしては余りにもブラック過ぎる。だってA君は金曜日の夕方、電車に乗っていたじゃないか。声こそ掛けられなかったけど、確かにそこに居たじゃないか。

「嘘でしょ!?だって私が電車の中で見たのは確かにA君だったよ!」

「先週土曜日の夕刊を見てみなよ。高校生の乗るバイクが運転を誤って反対車線のトラックに轢かれて死亡、という事故の記事に、A君の名前が載ってたよ・・」

その日家に帰ってすぐ土曜の夕刊を引っ張り出して見れば、確かにその記事を見つけた。A君の乗るバイクは猛スピードでカーブに侵入、その際にコントロールを失い、ほぼ即死だったそうだ。事故発生時刻は、私が電車でA君を見かけた時とほぼ同じ頃だった。


その出来事から、もう既に何十年もの時が経っており、私はあれが本当の出来事だったのか、そうでなかったのか、確信が以前より持てなくなり、記憶も曖昧になりつつある。電車で見かけたA君に、もしあの時勇気を出して声を掛けていれば、彼はどんな反応をしたのだろうか。何かが変わったのだろうか。それとも恐ろしい事が起きたのだろうか。あの勘が私を守ってくれたのだろうか。そして、そこにいた彼は私が見た幻だったのだろうか。その謎や疑問は、小さな渦のように私の心の奥底から時々静かに湧いては静かに消えていく。





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