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素人が音楽系小説を書いてみる「かつて王子と呼ばれた男」

目が見えないという事はハンディキャップと捉えられがちだが、案外そうでもない。その代償なのか、むしろ聴覚が発達し”肥えた耳”の持ち主になる可能性もある。というのは、僕の願望に過ぎないけどレイ・チャールズにスティービー・ワンダー、古いけどホセ・フェリシアーノ・・等偉大な盲目のミュージシャンはそこそこ居る。

残念ながら自分は楽器を演奏するわけではないし、歌詞を書いたり曲を作るわけでもないが、子供の頃から音楽鑑賞は一番の趣味だ。基本雑食ではあるけれど特にR&Bやファンクといったブラックミュージックは大好物で、成人を過ぎた今、夜都内の繁華街から少し離れた広々とした公園でウォークマンでそういった音楽を聴きながら夜風の感触を肌で楽しんだり、時々曲を口ずさみながらのびのびと散歩するのが日課になっている。

音楽を止めれば頻繁に聴こえるのはランニング中の人々のスニーカーが奏でる歯切れの良い音や、ペットの犬の咆哮や、彼らを散歩させている飼い主のものと思われるまったりした靴音くらい。人ごみの中と違い、接触を心配する必要も無ければ曲に合わせてちょっと歌っても視線は「入ってこない」し、なんなら白杖(はくじょう)でリズムを刻むほどに気分はゆったりと舞い上がる・・。

今日散歩のお共となるのは、亡くなってもうすぐ10年経つ、特に80年代一世を風靡したアメリカはミネアポリス出身のあのミュージシャンだ。聞くところによると彼は時に奇抜な衣装やパフォーマンスで知られ、評価はされているものの賛否両論が多かったそうだ。

目が見えない自分にとってはそんな彼の姿を見れないのが凄く残念だけど、表面的な部分が見えることで湧く偏見の視線を持った人々よりも、純粋に彼の音楽に向き合え、評価出来る耳を僕は持てている気がする。そのバラエティに富んだ作風の楽曲の数々は、ハンディを抱えた僕の人生を確実に支えてきてくれた。今夜の予報は晴れ。だけど、紫の雨をテーマにした彼の代表曲の一つをおもむろに再生する。

紫の雨を浴びる君が見たかっただけ・・分かってる、時は変わりゆくものなんだ・・!静かに叙情的に始まったバラードは雷雨の一瞬の光のような鋭さを伴った魂の咆哮で心を力強く掴んで来る。これだけの勢いが有れば予報も変わり雨だって降らせることも可能だろう、そんな事を思いながら僕も歌に共鳴してついつい少し大きな声で歌ってしまう。怪しい人と思われたって構いやしない。見えないというのもあるけれど、ちょっとした羞恥心を彼の曲は取り払ってくれる。


「その曲好きかい?」

突然誰かが肩を叩きながら、低音の声で話しかけてきた。声の持ち主はおそらく男性で中年。日本語は少したどたどしい。

「ええぇ、大好きです・・」

いきなりだったせいか、僕はあからさまに驚き混じりの声で返事する。結局僕も、彼と同じくたどたどしい日本語を話してしまった。

「もう40年位前の曲だよ?君は世代ではないでしょう?」

「はい。でも色んな曲を書けるし歌えるし、その歌や叫び、演奏を聴いてると自分が背負っているハンディキャップやコンプレックスが浄化される気分になって凄く開放感が有るんです」

「なるほどね。おそらく彼もコンプレックスは沢山有っただろうけど、それを強いエネルギーにして爆発的に表現として昇華したんだろうね。それ故に色んな人の心に強く訴えてくれるのかも」

「聞くところによると、彼は全裸でペガサスの上に乗ったり、上半身裸でトレンチコート羽織ったり、バスタブの中からゆっくり出てきて床をイグアナみたいに這いずり回ったり、アルバムのジャケットではお花に囲まれて全裸でポーズしていたそうですが」

「アハハ。世界で売れるにはそれ位のことをしなくちゃならなかったのかもしれないよ。彼には彼なりの考えが有ったんだとは思うけど」

笑い声は少し甲高くなるのが彼の特徴のようだ。

「ソウルのゴッドファーザーや世界的なポップスターと共演した時は、奇声を発したりギターソロを披露した後セットを誤って破壊して・・」

「その辺りでもういいよ!でも、色々話を聞きたいな・・」

そんなわけで僕らは近くに有ったベンチであれこれ語り合った。僕が好きなその歌手が如何に素晴らしい存在か、時に彼のアゥア!といった特徴的なシャウトを真似したり語るのを彼は黙って(おそらく頷きながら)聞いていた。彼は数年前に日本に来たアメリカ人で、母国の風潮や価値観に疲れた末以前訪れた日本が忘れられなくて思い切って訪日に至ったのだそう。音楽が趣味らしく仕事や家族については詳しく教えてくれなかったが、生活には困っていない様子。

「日本は良い国だと思うよ。一人一人みんな違った個性が有りそれが尊重されるべきなのに、母国は自由な国のイメージを打ち出してる割に例えば男らしさとか女らしさとか、あまりに縛りが強すぎる。日本はその点、あまり言われてないけど意外と自分らしさが尊重されてる。コンサートでも向こうの人はお祭り騒ぎしたいだけに見える事が有るけれど、日本の観客はちゃんと曲を聴いてる気がするんだ。ああ、あと僕の背丈からしても丁度良い服を見つけやすいし過ごしやすいんだよね」

僕は日本という国に対して色んな不満も有ったが、彼の言葉に耳を傾けているとこの国の魅力に少しずつ気付いてきた。その話題に限らず、彼ならではの視点から来る言葉の数々は、どれも確かな説得力を携えていた。

話に夢中になっているとあっと言う間に時間が過ぎ、睡魔はいつしか僕を静かに襲い始めていた。そんな僕を察してか彼は

「そろそろ帰ろうか。またここで君と会えたら良いな」

と提案し、僕も

「そうですね。是非またお会いしたいです!夜21時過ぎなら、平日は大体居ますから」

と、即座に答える。

「ありがとう。今度時間が有る時キーボードでも教えてあげようか?君もスティービーみたいになれる可能性は有るよ」

「いえいえ、そんな・・。ところで、お名前を伺っていませんでしたね。良かった教えてください」

僕は今更ながら最初に尋ねるべきだった質問を投げかけた。彼の方からはフッ、と笑いを抑えるような音が漏れた気がする。


「・・・かつて王子と呼ばれた男だよ」

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