誰が今の社会を創ったのかへの考察~その1~

斎藤幸平氏の毎日新聞での連載記事を読んで思い出すこと。

それは、差別意識を露骨に無駄しているのは「団塊世代」だということだ。
私の両親はことあるごとに彼らのような路上生活者を「鈍らもん」と呼ぶ。

幼少期からその発言には違和感を覚えていた。
なぜ「鈍(なまく)らもん」と呼ぶのかも疑問だった。

私の両親はまさに団塊世代。
昭和22年生まれと昭和24年生まれの夫婦だ。

まさに高度経済成長期の真っ只中の時に青春を送り、カネを得て、いわゆる社会的な地位を得てきた人である。

元々はサラリーマンだったが、欲をかき、独立したのが父だった。
と言っても、知人に連なって行ったので待遇に不満を覚え辞めた。

何を思ったのか、母の姉が嫁いだ先が「写真屋」で、見習いに入った。
そして、1週間で「こんな程度の仕事なら自分でもすぐに出来る」と思ったらしく、独立を考えたらしい。

母はそんな身勝手に夢を追いかける父を、まさに「応援」し「支援」した。
つまり、精神的にも金銭的にも支えたのである。

父は全く商売のセンスが無かったが、愛想が良く、いい人に見られがちだった。実際は、真反対の根暗だったが、処世術として、見せかけだけは演出できたのだろう。

創業して最初の頃は、商店街に出店し前途有望に船出したはずが、数か月後、離れた場所に大型ショッピングセンターが建った瞬間に、商店街から客が消えた。

そして、夢は閉ざさるかのように商売は行き詰まった。
そこでは金に苦労し、大変だったようだ。

しかし、偶然か必然か、隣町に出店し、それが当たって、危機を脱した。
立役者は、やはり母だった。

そこからは、まさに順風満帆の如く、商売の成長した。
いや、急成長だった。

貧の底まで落ちた父は、見事に逆転し、財を成すのだ。
全ては、母のお陰だが。

と、ただのサクセスストーリーには何も学ぶものは無いが、敢えて、ここから社会のクズ化の出発点を探る。

前述したように、路上生活者や生活困窮者を「鈍らもん」と吐き捨てる両親も、元は彼らに成り下がる可能性が多いにあったはずだ。

だが、寸でのところで、浮上し、成り下がらずに事を得たに過ぎない。

差別意識というのは、嫌悪だとうと感じる。
そう、紙一重の近さまで行ったがゆえに、二度とああいう体験は御免だという不安の埋め合わせにも通じているように感じる。

しかし、自分たちが偶然にも、幸いにも、回避できたに過ぎないと言う自覚は全くないようだ。全てを丸投げして「ごっとおさん」した父はともかくとして、全てを導いた母まで同じ感覚なのが非常に驚いた。

両親は比喩的に「橋の下」といつも言っている。
「いつ”橋の下”に住むか分からないものだ」と子供たちに、怠惰をせず、頑張れと投げかけてきた。

私から言わせれば、「あんたたちこそ、もっと頑張れよ!」と、今は言いたい。

団塊世代の「下駄(本人の努力に関係ないの好条件性)」を見ると、本当に素晴らしいほどの出来に関心する。

下駄は3つの特徴を持つ。

①「親の面倒を見ない(親が超高齢でも元気だったがゆえ)」

②「子どもの面倒を見ない(忙しいという言葉で子供を放置)」

③「人間関係が薄い(忙しいという言葉で人間関係資本が無い)」

これら3つの「欠点」を埋め合わせるくらいに社会は豊かだったのか分からないが、親は故郷の共同体に丸投げし、子どもは地域の共同体に丸投げし、自分たちは面倒な人間関係から逃避し、自由気ままに生きてきた。

それが、私の感じる「団塊世代」である。
そして、この直感はほぼ当たっているだろう。

カネと引き換えに、負担を抱えず、自由に生きてきた構え。
これこそが「差別」の温床だと感じて仕方がない。

「お前が自由に生きれないのが、お前が”下手だった”からだろう」という上から目線を持つことで、もともと持っている劣等感を埋め合わせているのだ。

両親は共に、「長男・長女」ではない。
つまり、扱いが低かったようだ。

大切にされたことがないから、当然、誰をも大切にしない。
そういう構えがにじみ出ているようだ。

そして、その子供たちは「ねえねえ、見て見て」と自己承認欲求を乞う「鈍らもん」であり、いつまでも両親に甘え、両親が履き潰した下駄が壊れて直せないゆえに使えなく、素足で社会に立っている。

最終的には、「認められたい、親に」という雰囲気は陸続し、結果、親の価値観を自らに埋め込み、存在を認めてもらいたいがゆえに、両親が抱える「差別」を見事に継承しているのではないかと、予感して止まない。

今の社会は誰が創ったのか。
それは、「団塊世代」なのだ。

そもそもあったコモンズ(≒包摂性)に団塊世代がフリーライド(気に入れば留まり、気に入らなければ出ていく)し、ソーシャル・キャピタルを食い尽くし、ボロ雑巾になった社会を、今、次世代に”投げつけ”ようとしているという様相だ。
昨今の政権、政局を見ても、直感的に理解できる部分だ。

団塊世代が食い尽くし、しらけ世代がおこぼれに預かり、団塊世代が脛をかじり、ゆとり世代が残りかすを与えられ、さとり世代が世直しを命じられる。

そんな「ふざけた図式」が頭をよぎって仕方がない。

社会の豊かさとか、人間関係とか、カネとか、差別ももちろんだが、全ては「継承」されているに過ぎず、いきなり出てきたものではないのではないだろうか。

「差別」を展開する人は、やはり「下駄」を履き潰してきた人が多い。
明日は我が身という感覚が薄いのか、嫌悪しているのか。
ただ、そういう情況が怖いだけなのか。

他人に気をかけなくても平気で生きていけた時代を経てきた世代は、当然、そういうデタラメな意識が高いのかもしれない。

とにかく「差別」意識は無くならない。

それは、後に続く私のような世代以降が、「なんだよ、先輩たちはクズなのか」と気づき、そして、社会の歪み・澱みに対して疑問を持ち、なんとかしなければと考え始めない限りは、永遠の惰性の慣性が働き続けるだろう。

任せて文句を垂れるのではなく、引き受けて考える社会へ。
そして、社会という荒野を仲間と共に愛を持って生きるのが大切だ。

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