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短編【リボンの騎士】小説

漫画の神様、手塚治虫の数々の作品の中に『リボンの騎士』と言うタイトルの漫画がある。舞台は架空の国シルバーランド。主人公はこの国で王女として生まれたサファイア姫。彼女は『男でなければ王位を継げない』という昔からの掟の為に王子として育てられ、女性で有りながら男性として生きる事を運命付られてしまう。つまり、人為的に性別を歪められてしまった人間の話である。

ここに、一人の女性。いや、男性がいる。彼は長年、自分の心の中にある違和感に苦しめられていた。性同一性障害と診断された男性である。

性同一性障害。昔『変態』と呼ばれ蔑まれていたものが『障害』にまで昇格した事は、悩みを抱く者達にとっては大きな支えであった。今では『障害』という概念も消え去り『個性』へと昇華しつつある。いずれは『個性』であることすら意識しない『標準』になるだろう。『変態』から『障害』へ『障害』から『個性』へ、そして『個性』から『標準』へと変貌ととげた時、本当の意味でのジェンダー・ノーマライゼーションの時代が来る。

性同一性障害は障害ではない。というのが私の立場である。障害ではない以上、もちろん病気では無い。病気では無い以上、もちろん治療する必要もない。しかし、それは性同一性に不具合が生じていないならば、の話だ。ところが、彼の場合は事情が少し違う。何故ならば、彼は性同一性障害では無く解離性同一性障害、つまり二重人格の疑いが出てきたからだ。

身体は男性、心は女性。と云う性の不一致では無く男性と女性、二つの心を同等に持っている可能性があったのだ。一人の人間の中に男性と女性が同居している。のであれば、解離性同一性障つまり二重人格と診断しても良い。だがしかし彼の人格は我々と同様に一つしか無かった。一つの人格を保ったまま、男性思考になったり女性思考になったりする。

言い換えれば、人格そのものは変わらないのに極端に男性の気持ちになったり、女性の気持ちになったりすりる。【人格】ではなく【気分】が変わるという、非常に珍しい症例なのである。人格の同一性が保たれている以上は解離性同一性障害とはいえない。

気分が変わる。なんて事は誰にでもあることだ。演技をしている可能性も充分に考えられる。詐病ではないのかと疑わなかったと言えば嘘になる。しかし今日、三ヶ月ぶりに診療に訪れた彼を見て、間違いなく心の病であると確信した。正常な精神状態なら、絶対にこんな事などしない!

「.ついに、やっちゃたんだ」
「はい」
「我慢出来なかったの?」
「どうしてもやりたくなったんです!あん時の俺、どうかしてたんです!」
「やっちゃったんだー。…整形手術」
「やっちゃっいました、先生!どうしよう!」
「いやいやいや、やっちゃっいました、って。…いやー、綺麗にやっちゃったねー。今は完全に男性の気分なんだよね?」
「はい。先生、今は完全に男です!先生、俺、二重人格じゃないんですよね!本当に!」
「君は二重人格ではない。乖離性忘却のような突然、記憶を失ったり逆に経験した覚えのない記憶が蘇ったりする事もみられないし、精神年齢が突然、上がったり下がったりする事もない。何より別の人間が心の中に潜んでいるという感覚が君自身にないんだろう?」
「別の人間が心の中に潜んでいる感覚…はい。そんなものはありません。男になっても女になっても、俺は俺です………」
「もう一度、退行催眠をしてみましょうか?今日は催眠術で三歳児頃まで記憶を遡ってみようかと思うんだが。もしかしたら、その頃に何かしらの要因が」
「先生。俺、先生にまだ話していないことが。実は俺、小さい頃、女の子の格好を良くさせられていて」
三条さんじょうさん。その話は、もう何度もしているよ」
「え?」
「君はその話をした後に、直ぐに忘れてしまう。思い出したくない記憶のように。退行催眠を掛けても五歳児までは遡れても、それ以上は進めない。もしかしたら、君は五歳以下の頃、虐待されていた可能性がある」
「そんな。俺の両親は、そんな事をするような人じゃありません」
「虐待には、意識的に子供をいたぶる虐待と、親は全く意識していないのに、子供が虐待されたと受け止めしまうモノと二種類あるんだよ。男の子に女装させる。そんな事は問題じゃない。割と良く有るお遊びだ。だけど、その時に意図的にせよ偶発的にせよ何かしらの虐待があったのかもしれない。君は性同一障害だと診断されていたけど、生れながら性別に違和感があるのでは無くて生まれた後、精神の発育の段階で人為的に性別が歪められた可能性があるんだ。後天性の性同一障害。これを『リボンの騎士症候群』と言う」
「リボンの騎士症候群………」
「退行催眠でその原因が分かれば、正しい精神状態に戻れるかもしれない」
「そうですか。良く分かりました先生。でもいいんです。私はこのままで」
「え?」
「先生の言う、正しい精神状態って言うのは、男性本位の気分に固定する。って事でしょ?そんな事をされると困ります。だってホラ?もう女の身体になったんだから」
「三条さん?………」
「私、今とっても気分が良いんです。だって、あの醜い顔も汚い身体も無いんだから。先生、私、始めてセックスしたんです。夢の中で。誰としたと思います?自分とセックスしたんです。男の自分と女の自分の二人。その時の私、どっちだったと思います?男の気持ちだったのか、女の気持ちだったのか」
「三条さん、何を」
「女だったんです。女の私が淫らな獣のオスのような男の自分を受け入れたんです。彷徨さまよう男の魂をいざなうように女の私が包み込んだんです。だから先生。もう、私に治療は必要ありません。いままで、ありがとうございました」
三条さんじょう、ヒロシさん…。貴方は」
「変えなきゃいけないわね」
「変える?」
「名前。ヒロシだなんて、そんな男みたいな名前、虫唾が走るわ」

そう言い残すと、彼は診察室から出て行った。そして二度と私の前に姿を見せる事はなかった。

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