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読書【妖人奇人館】感想

『妖人奇人館』完読。
澁澤龍彦著。

アポロニウスに騎士デオン。
ノストラダムスにラスプーチン。
カリオストロからパラケルスス。

主に中世欧州で活躍した奇々怪々な人物伝です。

この本に紹介されている奇人達は、ほとんどが医療行為を得意としています。

ノストラダムスは医者。
カリオストロも医者。
パラケルススも医者。
ラスプーチンは祈りで皇帝ニコライ二世の子の病を治し、アポロニウスも数々の奇跡で病を治して民衆の支持を得ている。

アポロニウスと同じ時代を生きたイエス・キリストも医療行為をして民衆の心を掴んでいる。

現代も変わらないよなぁ。教祖様はすべからず難病を完治なさる。治るまで祈る。治れば祈りの賜物。治らなければアンタのカルマのせい。

アポロニウス。
新ピュタゴラス派の偉大なる哲学者。各地を歩き回り数々の奇跡を起こし、予言をし病気の治療をした希代の魔術師。

エーゲ海に面した小アジアの町、エペソスで私塾を開くと、その神秘学を極めようと多くの人々がアポロニウスのもとに集まった。

この時代、ユダヤ教ナザレ派を率いるイエスという名の聖者の教えがローマに蔓延しつつあった。

保守派ユダヤ教徒はイエスに対抗するために聖者アポロニオスを表舞台に引き出そうと画策していた。

しかし、徳高く争いを好まないアポロニオスは為政者の意向など意に介さず、ひたすら真理の追及に没頭していた。

時を同じくして若きイエスは悩んでいた。己が起こしたユダヤ教の新派ナザレ派には敵が多すぎる。どうすれば争うことなく神の教えを広めることが出来るのか。このことばかりを思案していたイエスは、いつの間にか共の者からはぐれ、ひとり山中に迷い込んでしまった。

そこで一人の男に出会った。年はイエスよりも少し若く見える。しかし、その佇まいは老功な隠者のようでもある。その男は若木のように立ちすくみ、空を見ていた。

見上げた先には青空が広がっているだけだった。

「なにを見ているのですか?」
好奇心がイエスの口を動かした。
「星です」
「星?見えますか?星が」
「見えません。が、あることは確かなんです。そこに在るのに見えない。『在る』ことが必ずしも『見える』とは限らない。それを実感しているのです」
「なるほど、『見えない』ということが『在る』という訳ですね。『無い』という事象が存在するという」
「違います。『在るもの』が『見えない』と言ってるだけです。シンプルに」
「なんか、すみません」

恥ずかしい!イエスは智者ぶった自分を恥じて顔を赤らめた。そして、自分のインテリジェンスの汚名を返上しようと、なにか良い説話を話そうと思った。

その矢先、

「それじゃ、私はこれで」
と男はその場を去ろうとした。

「いや、あの、ちょっと待って!アナタがね、アナタが右の頬っぺたをね、あの、右のほっぺ、あの、ちょっと!ちょっと!今から、いい話するから!いい話するからぁぁ!」

その男の名がアポロニオスだという事をイエスは生涯知ることはなかった。

アポロニオスもまた、この妙な男の名がイエスという事に生涯気付くことはなかった。

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