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短編【俺だけの罪】小説

美和みわが飛び降りたという知らせを聞いたのはコンビニエンスストア『リトルエレファント』を出た時だった。

明日は現場が休みで、なおかつ今日が自分の誕生日ということもあり二年ぶりにビールでも飲もうと思った矢先の出来事だった。

俺はプレミアム・モルツ一缶とチーズ裂きイカが入ったビニール袋を地面に叩きつけた。

まだ、許されないのか。
俺たちは…。
俺の犯した罪は。

コンビニの女性店員が慌てて出てきて大丈夫ですか?と声をかけてくれた。
俺は破損したプレミアム・モルツから溢れたビールでいっぱいになったビニール袋を拾い
「すみません、これ処分して下さい」
と一声言って、コンビニの敷地を出た。


「ごめんね。こんな時間に。急に」
翔太しょうたのアパートに来たのは二年ぶりだった。
「いつ」
美和は死んだんだ。
「昨日、市営住宅の十二階から」
「…そうか。…やっぱり、あの事で」
「たぶん」

二年前。
高校時代の軽音楽部仲間の大河内おおこうち美和みわが結婚するということで、俺と山下やました翔太しょうたと他十名ばかりが集まって美和みわの独身最後を祝った。

その飲み会の帰り。
美和と翔太と俺は帰りの方面が同じという事もあり一緒に夜のプラットホームを千鳥足で歩いていた。

「あんたたち早く彼女を作りなさいよ」
美和は昔から世話焼きで姉御肌だった。

23時を過ぎたプラットホームは人気がなく、ただ一人、女子高生がスマートフォンを見ながら白線を超えて立っていた。

「しょーちゃんが好きな女子高生がいる!ナンパしろ、ナンパ!」
酒に酔った美和はそう言うと翔太の背中を叩いた。
「ばか。俺はロリコンじゃねーよ」
翔太が美和にいい返す。
「仕方ないなあ。お姉さんに任せなさい」
酔った美和は千鳥足で女子高生に近づいて行った。

女子高生は騒がしい俺たちに気付き少し身を固くしている。
可哀想に。
怖がらせてしまった。

「お前ら、いい加減にしろよ」
俺はふざけあっている美和と翔太の背中を軽く押した。
軽く押したつもりだった。

思いの外、俺が強く押してしまったのか酔った美和の踏ん張りが効かなかったのか。
美和はそのままよろよろとよろめき女子高生にぶつかった。

あ。
と声を上げた女子高生はホームから線路へ転落した。
そして、そのまま各駅停車の電車に……。


翔太の部屋は二年前とだいぶ変わっていた。
テレビも無くベースも無く漫画がぎっしり詰まっていた本棚も無くなっていた。
有るのは部屋の隅にシンプルな机とガラス板のローテーブルだけ。

こいつもあの日の出来事を引きずっているのか。

テレビは不意にプラットホームが映ったりするから観ることが出来ない。
急停止した電車の、あの甲高いブレーキ音を思い出してしまう。
駅へ行くときは、あらかじめ心の準備が必要だ。
翔太も、そうなのだろうか。

「葬儀は」
「え?」
「美和の」
「…いや…まだ」
「まだ?」
「危篤中らしくて。美和のお母さんから連絡があって。あれから、まだ連絡がないから、多分」
「そうか」

そう言うと急に俺は目頭に熱さを感じた。
美和はまだ生きている。
市営住宅の十二階から落ちて、どんな状態なのかは知らない。
もしかしたら運良く柔らかい所に落ちたのかも知れない。

とにかく美和は死んではいない。
気がついたら俺は嗚咽していた。

たとえ悪意はなくても人が死んでしまえば、それは罪だ。
でもそれは俺だけの罪なんだ。

頼む美和。
死なないでくれ。
お前に、こんな重荷を背負わせてしまったことを謝らなければ。

お前が死んでしまったら俺は二人も殺してしまったことになる。
それは耐えられない。

だから、美和。
死なないでくれ。

俺だけの、罪なのだから。


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