カポーティを語らないか
物語りなりや、物書きなりや。
とかく物書きって人種は、やたら物珍しいかたが多いようで。
今回ご紹介する物書きは、トルーマン・カポーティでございます。
早熟な天才のイノセンス
カポーティの名を聞かずとも、誰もが『ティファニーで朝食を』は知っていると思います。
そう、映画『ローマの休日』で有名になった女優オードリー・ヘプバーン。彼女が主演した映画『ティファニーで朝食を』の原作者です。
ある種の怪奇小説ともいえる『ミリアム』でオー・ヘンリー賞を受賞すると、「恐るべき子ども」や「早熟の天才」と称されて世に名を轟かせました。カポーティこのとき、19歳の幼顔をした少年だったからです。
上の写真は『誕生日の子どもたち』にある、カポーティの若かりしころの姿です。
とても繊細で傷つきやすい少年に見えますよね?
カポーティの文体には美しいイノセンス(無垢)がありますが、その反面でむき出しの魂のように脆く感じるあやうさがあります。
これは私の考えですが、カポーティは「HSP」だったのではないかと疑っています。
このHSPとは、Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)の略で、「人いちばい繊細な人」を指す言葉です。
他人の痛みにとても敏感だったり、
豊かな想像力をもち空想に耽りやすく、
人が好きなのに人と接すると疲れてしまい、
この悪意に満ちた世界が生きづらいと感じる、
とても共感力のたかいアウトサイダーなのです。
お恥ずかしい話ですが、私も少なからずこの気質を持ち合わせているので、HSPに詳しいイルセ・サン著『鈍感な世界に生きる 敏感な人たち』を読むまでは、自分は変わり者だとひとり悩んでいました。
それなので、カポーティの小説に通底する「孤独で傷つきやすい魂」が、HSPの気質に合っていると感じてしまうのです。
カポーティはHSS型HSP!?
しかしながら、カポーティを知っている人は、おそらく私の考えに賛同できないでしょう。
なぜならば、アメリカ文壇の寵児となった彼は、社交界で名を売り「ゴシックの宝庫」と称されていた曲者だったからです。
上の写真はシーモア・ホフマンが演じた映画『カポーティ』の姿です。これがカポーティにそっくりで笑えます(映画の内容は重いですが)。ホフマンが演じているとはいえ、若かりし彼とは同一人物とは思えません。
同じ人物なのに、ここまでの変わりよう。そうです、カポーティという人となりをあらわす言葉は「相反する魂の持ち主」です。
文壇と社交界。日向の光と摩天楼の闇。とても繊細だけど、鼻につくほど自惚れ。孤独を愛するのに、誰よりも目立ちたがり。相反する気質がならぶ、複雑怪奇な性格の変人なのです。
これは前出したHSPの一形態である「HSS型HSP」に当てはまると考えるのは私だけではないはず。
このHSS型HSPとは、はたして何でしょうか?
HSS型HSPとは、
刺激的なことが大好きで好奇心が強いのに、それに夢中になりすぎて疲れてしまい寝込んでしまう。とてもアクティブで周りの人を扇動するのに、急に興味をなくしてしまうような、はた迷惑で困った気質の持ち主です。
これがカポーティの人物像に、ピッタリと当てはまるのですよ。
これも私見ですが、彼の複雑さは生い立ちにも起因していると思います。
カポーティが幼いころに両親が離婚し、彼は遠縁の家を転々としながら育ちます。くわえて母親が若く魅力的な美女でありながら、我が子であるカポーティを疎んじていたのです(後に彼女は自殺します)。
そこいらへんの事情は、彼の初期作品である『クリスマスの思い出』や『草の竪琴』に詳しいです。
カポーティをもっと知ろう
いとも複雑怪奇な変人ですが、まぎれもなく天才であったことは事実です。カポーティの翻訳を多く手掛けている村上春樹氏も「モーツァルトと共通する神童」だと記してます。
私が読んだ大園弘著『カポーティ小説の詩的特質』に載っていたのですが、カポーティは「言葉を巧みに操って詩的雰囲気を作り出す能力」を備えていた作家だと紹介しています。
「私は自分には言葉の束をつかみ、それを空に放り投げると、それがきちんとした順序できれいに並べられて落ちてくるという能力があることがずっとわかっていた」
自分のことを「名文家」と自負したカポーティの言葉です。
彼は言葉の音響的側面にこだわりを抱いていました。心地よい響きとして読者の記憶に留まりやすいようにと、韻と律を効果的に用いていたのです。
それは隣接する単語の最初の音が繰り返される「頭韻」を多く使っていたことからも明らかです。
たとえば、
「Homer Honey(ジプシーの一座名)」
「Master Misery(短編小説のタイトル)」
「The Headlless Hawk(短編小説のタイトル)」
このように、その言葉が内容にとってふさわしいかよりも、その言葉の響きがいいかどうかで使うことがあると語っているのです。
そしてカポーティの作品が詩的だと評される要因として、彼独特の「比喩表現」があげられます。
他の追従を許さぬ感性の結晶のような「言葉」があるのです。
たとえば、
「ぼくらは、オレンジの香りのする小さな森の中にいた。」
「彼女には朝食用のシリアルを思わせるような健康な雰囲気があり、石鹸やレモンの清潔さがあった。」
くわえて、
「古い木材の中から樹液のように滲み出てくる二人の声」
「窓辺の月が盗賊の目のように覗き込んでいるような場面で」
このように「色」や「食」、「目」や「声」などの身近な喩えを用いることで、読者の詩的感性を刺激していたのです。
いずれにしても美しくも儚いセンスは、HSPでも稀有な才能だと言わざるを得ませんね。
HSS型HSPの気質をもつ、複雑怪奇な魂をもつ作家トルーマン・カポーティ。まさしく歴史に残る物書きのひとりだと断言できます。
あなたも興味が湧いたら、ぜひカポーティに触れてみてはいかがですか。
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