【小説】VRに首ったけ
ガキンッ!
足を目掛けて振り下ろした斬撃は、相手の盾の下をすり抜けて、グリーブに当たる。
無理な体制で放った一撃は、足を切断するような威力はないものの、衝撃で相手の足を止めるには十分だ。
この隙にと、一歩引いて体制を立て直そうとした時。
僅かの遅延もなく踏み出された相手の足。
距離を広げることが出来なければ、それは単に体制の崩れた無防備な姿でしかない。
相手の繰り出した袈裟懸けの一撃は、男の体を切り裂いていった。
「ちっくしょう負けた。痛てえ」
視界がパーソナル―ムに切り替わったことを確認して、一人愚痴る。
正面の壁には一面に今の戦いのリザルトが表示されていた。『Lose』と大きく表示された下には、今の戦いを離れた視点から映した映像と共に、二体の人形に重ねて部位毎ダメージが表示されている。
「やっぱ、足に結構ダメージ当たってんじゃん。なんであれで動けんだよ」
袈裟懸けに切られた肩の辺りを触りながら言う。
肩から胸元にかけての、ついさっき切り裂かれた場所は、熱を持ったように痛みを伝えてくる。勿論、見えている体には傷どころか、身に纏っている衣服ですら傷ついていない。
バトルフィールドからパーソナル―ムへ移動した時点で、怪我は全て修復されるのがこのゲームの仕様だからだ。
「チートじゃねーかよ、あいつ。ちっくしょう」
勿論、チートでないことは分かっている。
そもそも、このゲームには痛みをフィードバックする機能はない。今感じている痛みだって幻に過ぎないのだから。
ヴァーチャル・リアリティ。
仮想現実と呼ばれる分野は新しいジャンルの一つとして、既に社会に浸透していた。
そして、浸透していく過程で、いくつかの制約、規制が生まれている。それは他のジャンル同様、安全性を確保するためや、卑猥な表現、暴力的な表現の抑制という形で行われた。
そうやって社会に浸透していったヴァーチャル・リアリティではあるが、いくら規制されていようと、過激さを求める者が居なくなるわけではない。
一対一の決闘。
剣を、斧を、槍を持ち。物語にあるような正面からの殺し合い。
それは暴力性の高さから、一般的には禁止されている種類のものだ。このゲームサーバーも、大っぴらには公開されていない。アングラな会員制サイトとしてひっそりと運営されている。
「こんちわー」
「おいっす。見てたぞ、いい負けっぷりだった」
「うるさいよ」
「まあ『リビング・デッド』相手じゃ、しょうがない」
「い? なに、あいつがそうなの?」
「なんだよ、知らないでやってたのかよ」
このサーバーで行われているような決闘は、実は暴力性だけの問題で禁止されているわけではない。
暴力性だけの問題であれば、過去の映画やゲームのように年齢規制を設ければ良いだけだ。だが、現在、この手の過度な暴力と見られるヴァーチャル・リアリティは年齢によらず全面的に禁止されている。
「というか、お前、声変じゃねーか」
「おう、そうか? 多分、さっき負けた時に首切られたからだな」
「うわ、えっぐ。よく平気だな」
「いや、なんか首から下が別人みたいな気分だ」
禁止される理由は明確だ。危険なのである。
腕が切り飛ばされれば、腕に違和感が残る。首を切り落とされれば、首に違和感が残る。多くはその程度で済むし、しばらく時間が経てば回復する。
だが、もう一つの現実とも言われるヴァーチャル・リアリティである。それは、リアルすぎるのだ。
場合によっては体が上手く動かせなくなったり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症し、自分が殺される瞬間のフラッシュバックに悩まされることになる。
最も、このサーバーに入り浸っている者達に言わせれば『現実よりも遥かに安全』である。
仮に現実でこんなことをやったら、その日に半数が死亡し残り半数は殺人罪で逮捕されることになる、という言い分だが、やらないという選択肢がどうして消えたのかは不明だが。
談話室と名付けられたチャットルーム。その壁面もパーソナル―ムと同じような巨大モニタとなっている。他者の戦いがそこに映し出されるのだ。
今映っているのは、剣と盾を持った女騎士と、巨大な斧を構えた蛮族風の戦士。
女騎士は要所に板金で補強したチェインメイルを着て、盾を構えてはいるものの、相手の巨大な斧と見比べると、いかにも心もとない。
一方、蛮族風の戦士は防具らしい防具は身につけず、袈裟懸けに着た毛皮を腰ひもで止めているだけの姿だ。女騎士の剣から身を守るものはなく、唯一、膨れ上がった筋肉だけが鎧となる。
完全にタイプの違う二人は、戦い方もまた異なった。
斧を大きく振り回す戦士に対して、小さな動きで翻弄する女騎士。
攻めると見せかけては斧の攻撃を誘うも、戦士の体制は崩れないまま、すぐに斧を構え直されてしまう。
数回の攻撃。
僅かに戦士の体制が崩れた隙。踏み込んだ女騎士の攻撃の刹那、力任せに切り返された斧が女騎士の盾を叩き割る。
高い破壊音と共に、盾は壊れ、それを支えていた女騎士の腕がもげ、そして女騎士本人さえも、横に吹き飛ばされる。
数度のバウンド。ゴロゴロと転がってから、無事なほうの腕を支えにあっさりと立ち上がる。
それはまるでダメージの一つも受けていないように。
そして、女騎士が立ち上がるのを待っていたかのように、蛮族の戦士が倒れた。
その首には女騎士が持っていたはずの剣が刺さっていた。
攻撃を受ける瞬間に身を竦ませることもなく。受けた衝撃で狙いを外すこともなく。正確に攻撃を決めて、勝つ。そんな痛みを意に介しない戦い。そういう戦いを繰り返し、彼女は『リビング・デッド』と呼ばれるに至った。
(別に間違いという訳でもない)
『彼女』は一人思う。
リビング・デッド。動く死体。何も考えず、何も感じない、ただの人形。
痛みなど、とうに忘れた。それがどんな感覚だったのかなんて、些末なことだ。
だが、それでも、生きていると、感じることは出来た。あの世界で。
人を、相手を、武器を、防具を、体を破壊し、自分の体が壊れる感覚。壊し、壊される中で、相手の表情も、悲鳴も、すべてが『彼女』に生きるということを思い出させてくれる。
そう、生き物に群がる『リビング・デッド』のように。彼らもきっとそう、生きていた時のことを思い出したいのだ。思い出したくて、生きていたくて、生きている物に群がる。だって、そうしなければ生きていけないのだから。
体を切り裂いた感触を思い出しながら。首だけの『彼女』はそっと微笑んだ。
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