短編小説「星渡る夜」
真夜中、月明りだけが部屋を照らしている。
私はなんだか眠れなくて、静かに窓を開けた。
スマホ片手に、窓枠に腰掛けた。
まだ冷たい夜風が肌を触る。
ふと空を見上げると、無数の星が瞬いている。
「こんな夜に、おかしいよね…」
遠く離れた街で暮らす彼のことを考えると、胸が締め付けられる。
二人が出会ったのは、私も彼も大学生だった時のこと。
“自分探し”なんて、大学生の言い訳常套句みたいに謳いながら、授業も参加せず一人旅をしている時期があった。
そしてある日、私は “星渡るツアー” に参加した。
あの夜も、今夜のように星空が綺麗だった。
私は歩いて夜空を見上げていると、背中から人にぶつかってしまった。
「ごめんなさい」
『大丈夫ですよ』
優しく、包み込むような声だった。
その人は、私の肩を抱えてくれていた。
「星を見上げていたら、前を見ていなくて…」
『僕もです』
二人で笑いあった、その時――
他のツアー客たちがざわついた。
私は再び空を見上げると、輝く星々の間をいくつもの流星が一直線に駆けていった。
『綺麗ですね』
「うん…」
私は、夜空の余韻に浸っていた。
でもなぜか、鼓動が弾んで止まない。
この時の私は、私でないみたいだった。確かな運命を感じていたのかもしれない。
「ねぇ、しばらくこのままでいいかな?」
『…あぁ』
私たちはこの時、初めて顔を合わせた。
彼の手のぬくもりが、優しく肩から伝わってくる。
私たちは星空の下、傍から見ればカップルと思われるような距離感で、互いの目を見つめながら話し続けた。
そうやって、ツアーは終了した。
別れ際にはもちろん、連絡先を交換した。
そのあと、私たちは毎日のように、メッセージや電話で連絡を取り合った。
会いたい。けど、なかなか会えなかった。
彼とは住まいが約1400㎞も離れていた。
でも彼は数か月に一度、時間を見つけてはデートに誘ってくれた。
そして、3回目のデートで私たちは晴れて、正式なカップルとなった。
遠距離恋愛の始まりだった。
ずっと望んでいたことだったし、付き合えたことは嬉しかった。
でも、会えない寂しさは増すばかりだった。
彼を直に感じられないもどかしさが、日に日に大きくなっている。
私はいてもたってもいられなくなって、電話をかけてしまった。
電話はすぐに繋がった。
『もしもし、どうした?』
「ごめん、こんな時間に…」
『ううん、俺も全然寝れなかったから…』
「なんだかさ、いろいろ思い出したら、寂しくなっちゃって…」
『もしかして、俺も同じこと考えてたかも』
彼の言葉に、胸が温かくなる。
『空見てたでしょ』
「うん…」
『実は、俺も…』
同じ星空を見上げている彼の姿を想像すると、遠く離れていても近くにいるような気がした。
『そうだ、今日も時間帯によっては流星が見られるんだって』
「え、そうなの?」
あの日一緒に見た流星群を思い出し、自然と声が弾んだ。
私の心は静かに温まっていく。
「じゃあ、しばらくこのままでいい?」
『…あぁ』
電話越しでも、あの夜のような彼の手の温もりを感じたような気がした。
思わず、心が勝手に語り始めた。
「大好き」
『俺も大好きだよ』
その気持ちを確かめ合うと、逆に寂しさを強く感じてしまう。
それは自分でも分かっていたはずだった。
「もう寂しいよ、会いたいよ…」
『…』
電話の向こうで、彼が一瞬息を呑む音が聞こえた。
『俺も...本当に会いたい』
彼の声に、胸が痛むほど締め付けられる。
『でも大丈夫、俺たちはこうして離れていても同じ星空を見てる。いつかはきっと隣で、一緒に見られる日が来るよ』
私は改めて、綺麗な星空を見上げた。
「うん絶対、一緒に見ようね」
その言葉と同時に、星が無数に瞬く夜空を、一筋の流星が静かに渡った。