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短編小説「大人ごっこ」

出勤が憂鬱だ。
もうこの会社にもうんざりしている。


『電車が遅れてね、申し訳ない』

部長がこんな調子だ。
周囲からため息が漏れる。

毎日時間を守っている自分がばかみたいだ。


資料を持って別室に移動していると、

『何度言ったらわかるんだ! こんな簡単なことも出来ないのか!』

オフィスから課長の怒声が聞こえた。
課長の前に立つ新入社員は肩を窄め、怯えている。

愛のない、感情に任せた怒りだ。みっともない。


昼食を買いに行く際、休憩室からひそひそと女性の話し声が聞こえてきた。

『ねえ、聞いた? 営業部の彼が昇進したんだって』

『えー、あんなのが? 絶対コネでしょ』

彼女らはどうせ何も知らない。
そうやって、ずっと小さくまとまっていてくれると、こちらとしても助かるというものだ。


『こんなものはどうでしょうか』

午後のミーティング。
若手の斬新なアイデアが、役員にまで届くこの場で発表された。

わが社にはこれぐらいの革新が必要だし、彼はそのための大切な人材だ。

しかし、

『本当にそんな理想がうまくいくかね? 今までのやり方で十分だと思うがね』

若手の彼は落ち込み、委縮してしまった。
またもこの会社は成長の機会を失い、堅物が蔓延るのだろう。


夕暮れ時、オフィスに不満の声が響く。

『なんで僕たちばかり残業なんですか? 理不尽じゃないですか!』

「わかる、わかるけど、今は手を進めようか」

管理職の奴らは全員、定時で帰ってしまった。


残業がやっと終わり帰宅時間。

『あの人、また太ったよね。あんなんでよく課長やってられるわ』

『ほら、あいつまた一人だよ。友達いないのかな』

一階に着くまでに、様々な雑音が聞こえてくる。
勤務後ぐらい、気分よくいたかったのに。


その時ちょうど、同部署の後輩が通りかかった。

「お、お疲れ。もしよかったらだけど、飲みに行ったり――」

『あ、お疲れ様です…。し、しつれいしゃー…』

ギリギリ聞こえる小声で、そのまま逃げるように行ってしまった。


こんな会社に明日も、明後日も来なくてはならないのか。

そもそも、ココが社会人の集まる会社だということが信じられない。
中学校、いや、小学校にでもいるような気分だ。

でもまぁ、俺は楽だしいいか。
明日も登校しよう。

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