短編小説「砂浜のメッセージ」
私の部屋の片隅に、一つの空き缶がある。
ただ、飲み終えた空き缶を放置しているわけではない。
私の大切な思い出の品だ。
表面は少し錆びて、ラベルも剥げかけている。
でも、この缶は特別で、簡単に捨てられるものじゃない。
五年前の夏。
私は大学をしばらく休学していた。
将来への不安、就職、自分の夢が大きく頭の中で渦巻いて、何も考えなくなっていた。
そして意味もなく毎日、海岸をさまよい歩くのが日課だった。
ある日、いつものように砂浜を歩いていると、青い海に真っ赤なラベルを見つけた。
その缶は浮き沈みを繰り返しながら、私の目の前へと流れ着いた。
好奇心から拾い上げると、中から小さな紙切れが出てきた。
【夢を諦めないで】
そこには、それだけしか書かれていなかった。
でも、私は思った。これは運命だと。
誰が、どこから、どんな目的で送っているのかはわからない。
でも、それは重要じゃなかった。
夢を諦めなくてもいい…。
たった一行、数文字だが、私はその言葉にどれだけの勇気をもらったことか。どれだけの不安が吹き飛んだことか。
私は自分の夢と向き合うようになった。
大学に再び通い、勉強は続けながらも、夢を追いかけた。
今、私は自分の道を思うままに歩んでいる。
そしてようやく、夢まであと一歩のところだ。
部屋の隅の缶を見るたびに、思い出す。
たった一つの缶が、言葉が、こんなにも人を変えてしまうのかと。
私は久しぶりに砂浜に来た。
もう5年ぶりだ。
鞄から綺麗な缶を取り出し、波打ち際に屈む。
手から放すと、真っ赤な空き缶は、あの時のように浮き沈みを繰り返し、砂浜を離れていった。
「誰かのところに届くといいな」
中身は小さな紙切れ一枚。
たった一行、七つの文字だけ。