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短編小説「雨音の間」

雨が静かに降り続いていた。
窓の外を眺めながら、私はコーヒーを一口飲んだ。

雨の音は、何かを語りかけてくるようで、妙に落ち着く。
部屋の中は薄暗く、灯りをつける気にもなれず、ただ雨音に耳を傾けていた。


あの日も、こんな雨が降っていた。
言葉を交わすことなく、ただ二人で同じ景色を眺めていた時間が、今でも記憶に残っている。

あのとき、何を思っていたのか、それはもう知ることはできない。
ただ、私たちはお互いに何かを感じ取っていたはずだと、今でも思う。

少しの沈黙が、どれほど多くのことを語るのか。
言葉では伝えきれない何かが、静寂の中に溶け込んでいた。
その時間が、今でも心に残っている。

あの日から、いくつもの季節が過ぎ、いくつもの雨が降り注いだが、その時の記憶だけは色褪せることがない。


窓の外で車が水たまりを踏みしめる音が聞こえ、私はふと現実に戻った。
手の中のコーヒーが少し冷めていることに気づき、カップを置く。

目の前に広がる雨の景色は、まるで私をどこかへ誘うようだった。

もしかしたら、同じ雨がどこか別の場所でも降っているのかもしれない。
そして、その雨音に耳を傾けている誰かがいるのかもしれない。

そう思うと、心の中に小さな灯がともるような気がした。

雨は、ただ降り続けている。
しかし、そこには何かがある。触れることのできない何かが、雨の音と共に漂っているのだ。

カーテンを少しだけ開け、私はその音をもう少し感じることにした。

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