短編小説「コンビニ飯」
俺は毎日、昼食をコンビニ飯で済ます。
朝、弁当を作る余裕もあるし、会社の近くに飲食店もあるのだが、そうしなければいけない理由がある。
今日も俺は会社の最寄りのコンビニに昼食を買いに来た。
入店音を鳴らしながら、自動ドアを跨いだ。
『いらっしゃいませ』
冷たい空気と共に彼女の声が耳に届く。
たったそれだけの言葉なのに、俺の心は高鳴る。
正直、買う物なんてどれでもよかった。
適当にカップ麺とおにぎりを手に、レジに並んだ。
『ありがとうございました』
店員の女性は一人一人、丁寧に対応していく。
そこには愛嬌さえ感じられるほどだ。
そして顔立ちも美しい。
そう俺は毎日この時間、レジに立つあの子に会いたくて、このコンビニを訪れている。
だけど、名前も年齢も知らない。
完全に一目惚れだった。
そして、ようやく俺の番が回ってきた。
『いらっしゃいませ! ポイントカードお預かりしますね』
「あ、はい…」
俺は急いで財布から、ポイントカードを取り出した。
やはりだめだ。
自分から会いに来ているはずなのに、彼女を前にすると、その目を見ることができない。
『今日はどれにしますか?』
その言葉に俺は驚き、思わず顔を上げた。
その瞬間、彼女の目と俺の目が合った。
やわらかな微笑みを浮かべる彼女の表情に、俺は言葉を失った。
『お兄さんいつも、これら二点と合わせて、ホットスナックも買っていかれるので、今日は何にされるかと思って…今日はいらなかったですか?』
彼女は口元を抑えながら、早口にそう言った。
申し訳なさそうにしている彼女も、また可愛かった。
それよりも彼女は、俺を覚えてくれていた。
毎回の商品まで把握してくれているなんて。
俺の心臓は今にも飛び出しそうだった。
「あ、ああ...そうだった。忘れてた」
普段にも増して、上手く言葉が出てこなかった。
「じゃあ、えっと...フランクフルトを...」
『はい、かしこまりました!』
彼女は安心したように、こちらに笑顔を見せて商品を取りに行った。
俺は千円札を取り出しながら、呼吸を整えた。
『540円になります』
俺が機械で清算していると、
『お箸もお付けしておきますね』
彼女は手拭きと共に、レジ袋に入れてくれた。
お釣りを財布にしまった。
俺はレジ袋を受け取るときに、少しだけ勇気を振り絞った。
「ありがとう……」
元気よくとはならなかったが、俺は彼女の目を見て感謝を伝えることができた。
『明日もお待ちしてます』
彼女は小声で小さく頭を下げた。
俺は一瞬立ち止まりそうになったが、なんとか違和感のない間で足を進めることができた。
『ありがとうございました』
彼女の声を背中に受け、俺は店を出た。
俺は軽い足取りで会社に向かった。
デスクに戻り、カップ麺の蓋を開ける。
ふと、明日は何を買おうかと考えていた。
まだ、今日の購入分を食べてもいないのに。
こんな些細なことで幸せを感じる自分に、少し笑ってしまった。
しばらくの昼食は、コンビニ飯を辞められそうにない。
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