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短編小説「壊れゆく静寂」
深夜。
また父が大声を上げている。
毎日毎日、懲りないものだ。
私は薄暗い自室のベッドから天井を見つめていた。
壁越しに聞こえる怒号と物が砕ける音。
母の苦しそうな泣き声。
そして、急な沈黙。
これが日常だ。
もう何年続いているだろう。
いつしか、数えるのはやめていた。
小さな頃は恐怖で毎晩、震えていた。
だけど、今はもう…何も感じない。
ただ、静かになるのを待つだけだ。
朝になれば、父は何事もなかったように出勤する。
休日は私のために何かしようとする人物であり、私にだけは優しかった。
彼は夜の出来事を私に知られていないと思っているようだ。
以前は彼を心底、気持ち悪いと思っていた。
母は毎朝、やつれた笑顔を見せた。
そして常に優しかった。
体を極力、痛く見えないように動かしていた。
でも、顔には疲れの跡しか残っていなかった。
しかし、今日は物音が多い。
いつもなら、すぐ止む音も声も、長く続いていた。
そして、一段と激しい物音が聞こえると、ずっと叫んでいた父の声は、なくなった。
その直後、自室のドアがゆっくりと開いた。
こんな時間に人が入ってくることはない。
初めての状況に急いで目を瞑り、寝たふりをした。
足音が近づき、ベッドの横で止まった。
『ごめんね』
曇った母の声。
だが、どこか澄んだような不協和音が私の静寂を乱した。
すぐ隣で物音がして、顔に何かが触れた。
そのまましばらく、目を瞑っていた。
ああ、やっと静かになった。
私は深く眠りについた。