短編小説「裂かれた封筒」
『それだけはダメ! ねぇやめて!』
『っるせぇんだよ! 離せ!』
父と母の大きな声で目を覚ました。
何やら朝から言い争いをしているようだ。
『今まで散々、渡していたじゃないの! あの分はどうしたの!?』
『あんな少しじゃ! すぐになくなっちまうんだよ!』
『少しって! いくらだと思ってるの! 毎週毎週、あれだけだって用意するのは苦労してるのに…!』
両親の言葉はどんどんと激しさを増していた。
『だから今度こそ、増やしてくりゃあいいんだろ!』
『もう何度同じことを聞かされれば気が済むの? 毎回毎回、『今度こそ』って…』
母の声は疲れ切っていた。
『だから! これだけあったら増やしてもこれるってもんなんだよ!』
『絶対にダメ! それだけは! それは大事にとっておいたやつなの!』
『なんだよ、へそくりなんか持ってやがったのか!』
『違う…』
母はついに声に勢いを失い、涙声になっていた。
『これはあの子の…養育費…。あの子にとって…絶対に必要なものなの…』
静寂が流れた。
そして、母のすすり泣く声が聞こえた。
『でも、どのみち減らさなきゃいいんだろ』
父も先ほどまでの勢いはなかった。
『まだあなたは…そんなこと言って!』
僕はゆっくりと布団から這い出た。
足音を立てないように気をつけながら、襖に近づく。
そっと開けると、両親の姿が目に入った。
母はタンスの前で封筒を持って座り込んでいた。
父はそんな母の前で腕を組みながら立ち、母を見下ろしている。
『いいから、よこせ!』
父は母から強引に封筒を奪い取った。
その光景に僕はとっさに、襖を開けてしまった。
「パパ? ママ?」
『あぁ、おはよう。起こしちゃったか、すまんすまん』
『ごめんね…。本当にごめんね…』
母は顔を手で覆って泣き出してしまった。
父はそんな母を睨むような目で見ている。
『なぁ、お前もお金欲しいだろ? おなか一杯食べたいだろ? だからパパが増やしてきてあげるからな』
『やめて! 子供の前で!』
父の目はどこか怖かった。
こちらを見ているのに、焦点が合っていないような。
父は封筒を持ったまま、家を出て行ってしまった。
母は僕の前に膝を下ろすと、僕を強く抱きつけた。
『あなたは…あんな人になってはダメよ…』
母は耳元で囁いた。
正直、僕には何のことかわからなかった。
でも、母は泣くほど苦しんでいる。
僕は両手を母の背中に回した。
「ママ、僕、大丈夫だよ」
母は体を一層強く抱きしめ、声を出して泣いてしまった。
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