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短編小説「繋がる携帯電話」

娘たちは帰省するたびに、同じセリフを繰り返す。

『お父さん、いい加減スマホに変えたら?』
『もうバッテリーもほとんど貯まんないでしょ?』
『緊急の時どうするの?』

こんな調子だ。

娘たちには分からないのだろう。
この携帯電話が、私にとってどれほど大切なものなのか。

確かに、バッテリーの持ちは悪い。ボタンは擦り切れているし、画面は傷だらけ。
使い勝手は最悪だ。

それでも、私はこの携帯電話を手放すつもりはない。

今は亡き妻との最後の思い出だからだ。

妻が他界して5年。
どんな場所に行くのにも、どんな時でも、私と妻、そしてこの携帯電話は常に一緒だった。

この携帯電話も、妻と買いに行ったものだ。

あの日のことを今でも鮮明に覚えている。

妻が嬉しそうに “これにしましょう” と言った時の表情。
二人で同じ機種を選び、 “お揃いね“ と笑い合ったな…。


その後の日々、この携帯電話は私たちの絆そのものだった。

「今日の夕食は、何かな?」

『お父さんの大好物よ』

こんな他愛もないメールのやり取りまでしていたものだ…。


妻が入院した時も、この携帯電話だけが私たちを繋いでいた。

「体は大丈夫かい?」

『うん、大丈夫よ』

久しぶりの妻からのメッセージに心から安心した。
しかしそれが、最後のやり取りになってしまうなんて…。


今でも時々、無意識のうちにメールを打ちかけてしまう。

「今日は寒いね」

送信ボタンを押す直前で我に返る。

もう、返事が来るはずもないのに。


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