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短編小説「”それ”」

こっちを見てる…。

気づいてはいたけど、ずっと気づかないふりをしていた。

だって、誰が信じようかこんなこと。
人型の黒い何かが、ずっと私を見てる…。


”それ”に気がついたのは、一か月ほど前。

仕事帰り、私は暗くなった夜道を一人で歩く。
音楽を聴きながら、スマートフォンの画面に釘付けで、周囲なんてまるで気にしていなかった。

でもその日、私は考え事をしていて、目線はまっすぐ前を捉えていた。
そして帰り道の途中、街灯の下で、道の右側の電柱裏に立つ黒い人影があった。

何をしているのか、人影はずっとそこにとどまって動かなかった。
気味が悪くて、私は顔を伏せたまま急ぎ足で帰宅した。


その翌日も、その人影は電柱の裏にいた。
今度は、道の左側に。

知らないふりをしながら通り過ぎても、背後からの目線が気になって仕方なかった。
もしかして、ストーカー?
そんな不安を抱いて、その日はたまらず走って帰宅した。


翌日、私は道を変えて帰った。
すると、その黒い影は現れなかった。

やはりたまたまだ。
私のストーカーでもなければ、ちょうど同じ時間に何か用があってそこにいるんだ。

確信は持てなかったが、そう言い聞かせることで、無意識に自分を守ろうとしていたのかもしれない。


だがその翌日、その望みは打ち砕かれた。

人影は再び姿を現した。
変えたはずの道で…。

もう偶然だと言い逃れることはできない。
これは間違いなく、私を狙っている何かだ。

しかし、その人影はその場から動かず、それ以上追ってこようとはしない。
謎が深まった。


私はその日から、なるべく出会わないように、元の道と別の道とを日ごとに交互に変えた。

最初の数日、黒い人影は姿を現さなかった。


しかし、安心したのも束の間、黒い影は再び私の前に姿を現した。

そして、嫌々私が早足で影の横を通り過ぎるときだった。

『%…@~…*|’+……』

なんと言ったのかはわからなかった。
でも確かに、何かを聞いてしまった。


そしてついに、私が帰る道を毎日まばらに変えても、影は現れるようになった。

なんで私が、こんな目に…。
なんで私が逃げるようにしていないといけないのか。

自分でも危険性は考えたが、ある日私はそのストーカーに強く言ってやりたくなった。

その影は相変わらず、私の帰る道の電柱裏に潜んでいた。
私は近づいて言った。

「なんなんですか、あなた! いつもいつも…」

私は”それ”を間近で見た瞬間、一切の威勢を失った。

何これ…人? じゃない…。
それはただの人型の”何か”だったのだ。

表情も読み取れない…。
真っ黒の全身の中から、唯一の白い眼球の中の瞳からの視線がこちらを捉えている。

私は怖くなって、急いで家に入り、そのまま布団にうずまってしばらく出られなかった。


こっちを見てる…。

気づいてはいたけど、ずっと気づかないふりをしていた。

だって、誰が信じようかこんなこと。
人型の黒い何かが、ずっと私を見てる…。


もう頭から離れない。
あの奇妙な笑みを浮かべているとも思える表情や視線を…。


”それ”はついに、家の前に現れた。
道を毎日変えていて気づけなかったが、”それ”が出現する場所は私の家にどんどんと、近づいていた。

恐怖で布団に包まった。
分からない、分からないけど、開けたら”いる”気がする。
一晩、鳥肌が止まらず、一睡もできなかった。


翌日。

いつも通りに暗い夜の道を帰っていたが、ついに道すがら”それ”の姿はなかった。

いなくなった…。
そう思いたかった。思っていないと、怖くてどうにかなりそうだった。

家に着くと、玄関前で立ち止まった。
いつもは早く開けたいと思うはずなのに、逃げ込むように入っていたはずなのに、ドアノブを掴む手が震える。

緊張のまま、私はドアを開けた。

うそ…うそ…うそうそうそ…。

”それ”は玄関を上がった先で私を凝視していた。
私は感情が消えてしまったかのように、無心で寝室に向かった。

しかし、”それ”は私が横を通るときに呟いた。

『お…か……えり……』

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