短編小説「言葉なき秋の日」
僕は街の小さな公園で風に揺れる木々を眺めていた。
季節は秋、葉は赤や黄色に染まり、まるで誰かに描かれた絵のようだった。
冷たい風に乗って舞い上がる枯葉の音が、遠い昔の記憶を呼び起こす。
あの日も、似たような秋の日だった。
小さな手を握りしめて、彼女と一緒にこの公園を歩いた。
二人でベンチに座り、何も言わずにただ時間だけが過ぎていった。
その頃の僕は、どうしても言葉にできない感情が胸に溜まっていた。
言えば、すべてが壊れてしまいそうな不安があったからだ。
けれど、彼女は何も聞かず、ただそばにいてくれた。
そんな彼女の優しさに甘えて、僕はいつしか自分の殻に閉じこもっていたのかもしれない。
気づけば、彼女は遠い存在になっていた。
時は流れ、僕はいつしか一人で公園に来ることが増えた。
同じベンチに座り、彼女が隣にいた頃を思い出しては、過去の自分を責めた。
あの時、何かを言えば、言えれば、今は違ったかもしれない。
今日は、そんな思い出を振り返りながらも、不思議と心が穏やかだった。
風に舞う落ち葉を眺めているうちに、少しずつ胸の中の重荷が解けていくのを感じたからだ。
彼女が言葉を交わさなかった理由が、少しだけ理解できた気がする。
お互いに何も言わず、ただそこにいることの大切さ。
それは、言葉以上に深い絆だったのかもしれない。
ふと、風が少し強くなり、僕の手元に一枚の葉が落ちてきた。
鮮やかな赤に染まったその葉を見つめていると、不思議と心が温かくなった。
彼女との思い出が、少しだけ美しく感じられたのだ。
僕は公園を後にした。
過去は変えられないけれど、確かに胸の中に残っている熱を忘れないでいよう。
彼女が教えてくれた、無言の優しさと共に。