短編小説「本当の私の世界」
私の世界はこのスマートフォンの画面の中にある。
フォロワー10万人。
毎日の投稿には当たり前のように数千の「いいね」がつく。
食事の写真、自撮り、たわいもない独り言。
何をアップしても、必ず誰かが反応してくれる。
そう、私の人生はSNSの中にある。
なのに…
【現在、システムメンテナンス中です。ご利用になれません】
大規模サイバー攻撃から48時間が経過したが、復旧の見込みはない。
スマホを手に取るたびにアプリの起動を試みてしまうが、結果は同じだ。
「だめ…だめだよ…」
何もすることがない。
普段から人に会わないし、写真のため以外に外出もしない。
「みんな…私のこと、忘れちゃったかな…」
スマートフォンで撮影されたギャラリーを開く。
アップロードできなかった写真がたくさん残されている。
美味しそうな料理。おしゃれな街並み。可愛いカフェ。
「こんなの、撮ったっけ…」
突然、写真の中の自分が他人に思えてきた。
「でも投稿しなきゃ。みんな待ってるのに…」
もう一度アプリを開く。
【現在、システムメンテナンス中です。ご利用になれません】
「いつ直るの! もう!」
私はベッドにスマートフォンを叩きつけた。
スマートフォンはそのまま変に弾んで、床にたたきつけられた。
拾い上げると、画面に細かいヒビが入っていた。
パニックが押し寄せてくる。
息が荒くなる。手が震える。冷や汗が背中を伝う。
私は這うようにしてスマホを拾い上げ、必死に電源を入れる。
幸い、まだ動いてくれた。
暗い部屋で、ふと鏡に映る自分を見た。
「誰、これ…?」
くすんだ髪。青ざめた顔。やつれた体。
投稿用に加工した写真とは似ても似つかない。
「私が、こんなわけない…」
私は無意識に鏡に拳を叩きつけた。
割れた鏡が地面に刺さる。
手の甲からは暗い血が流れていた。
「お願い、戻ってよ…」
その時突然、スマホが震えた。
画面が明るく輝き、見慣れたSNSのインターフェースが現れる。
「ああ、よかった…」
安堵の吐息が漏れる。
同時に、大量の通知が押し寄せてきた。
「待っていてくれたんだ…」
涙が頬を伝う。
同時に、右の手の甲がズキズキと痛んだ。
私は急いで新しい投稿の準備を始めた。
【みんなー! ただいまー!】