短編小説「ずっと一緒の約束」
夜遅くに、携帯電話が鳴った。
『もしもし、おじいちゃん?』
「おや、どうした? こんな時間に」
電話は孫からだった。
『お誕生日おめでとう!』
慌てて時計を見ると、針は午前0時ぴったりを示していた。
「わざわざ、ありがとうね…」
『ううん、今年も元気でいてね!』
「うんうん、ありがとう…」
『またすぐにお祝いに行くね!』
「ありがとう。待っているよ」
『うん、待っててね。じゃあ、おじいちゃん、おやすみ』
「はい、おやすみ」
電話を切った後、しばらく呆然としていた。
今日で80歳。
私だけが一人、その時を迎えてしまった。
『ねぇ、約束しましょう』
「どんな約束だい?」
『私たちが80歳になったら、この指輪を交換しましょう』
「なんだい、そんな先の話を…」
『だって、そうしたら私たちはずっと一緒にいられるでしょ?』
妻は嬉しそうに笑った。
「ああ、分かったよ。約束だ」
50年前、妻と二人で買った指輪。
それぞれの指輪の内側には、相手の名前が刻まれている。
私は仏壇に飾られた妻の遺影に向かって話しかけた。
「ついに私も今日で80歳。約束の日だよ…」
妻は、相変わらず優しく微笑んでいる。
「君との約束だからね」
私は自分の指輪を外し、遺影の前に置いた。
そして、遺影の横に置いてある妻の指輪を、ゆっくりと自分の指にはめた。
「これで、君はいつも私のそばにいてくれるんだね」
当時は私の指に入らなかった指輪も、今ではぴったりだ。
「私のは君に大きすぎるんじゃないかい?」
つい妻が、私の指輪に苦労する姿を想像してしまう。
私だけでも…妻の約束を果たせてよかった…。
でも、私だけ…。
目に涙が溜まってきた。
「だけ…じゃないね」
だって、最後まで君と一緒の約束だから。