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短編小説「母の残した故郷」
私は、約1年ぶりに、実家へ帰省した。
私は村に着くと、まず、両親の墓を訪れた。
墓石を磨き、花を手向け、線香を立て、好物を供え、私はしばらく手を合わせた。
「お父さん、お母さん、ごめんね…」
10年も実家に帰らなかった私が、昨年この村を訪れたのは、最後の家族であった母の他界を受けてだった。
私はろくに連絡もしていなかった。
母は昔から孫ができることを楽しみにしていた。
親不孝な娘で本当に申し訳ないと思っていたのだが、もう遅い…。
私は墓参りを終え、実家を訪れた。
庭は荒れ放題。生い茂った草木をかき分けながら、家の中へと入った。
たった一年とはいえ、元からかなり老朽化した家だ。
埃っぽい空気が鼻をついた。
「ただいま…」
声に出したものの、返事がくるはずもない。
玄関の近くの柱には、低いところに何本もの傷があった。
私が子供の頃に背を測った成長記録が、今でも綺麗に残されていた。
そして、奥の和室に向かうと、辺りの物より一際、綺麗な段ボールが、押し入れから飛び出ていた。
私は段ボールを開けると、涙が止まらなくなった。
私が小さな頃ずっと大切にしていたおもちゃ、履いていた小さな靴、学校用品、家族で一緒に撮った写真など、もうボロボロでとっくに捨てたと思っていたようなものまで、綺麗に保存されていた。
父を亡くし、こんな私を想ってくれている母を一人置き去りに、姿も見せなかった自分の浅はかさに嫌気がさした。
「本当に、ごめんなさい…」
涙を拭いながら、台所へ移動した。
テーブルの上には、一枚の汚れ切った紙が置いてあった。
【立ち退き通知書】
そう、この村はもうすぐ、ダムの下に沈む。
私が今年も実家を訪れたのは、このためだ。
もう全ての住民が立ち退きを済ませたこの村は、閑散としている。
母はそんな中でも最後まで、たった一人で立ち退きを拒否し続けていたのだという。
通知書を手に取ると、その下に一枚の手紙が隠されていた。
母の字だ…。
『頑張ったんだけどね、私。一人では駄目だったみたい。あなたの大切な故郷も、帰れる場所も、お父さんが眠るところも守れなかった。本当にごめんなさい』
「謝るのは…私の方だよ…。ごめんなさい…」
静けさに、私の泣き声が響いた。