短編小説「迷える子」
こんな公園があるなんて知らなかった。
就活に焦燥し切った私はふと、いつもとは違う帰り道を歩いていた。
普段は別にそんなことしない。ただ、そんな気分だった。
住宅街に囲まれるこの公園は、淋しげに植物の緑を放っていた。
(久しぶりに、ブランコ漕ぎたいな)
でも、スーツのままはどうか。やはり、やめておこうか。
そんな葛藤をしていたが、すでに足は公園の入り口を跨いでいた。
(うわ、びっくりした!)
ブランコに向かうと、近くのベンチに、小さな女の子がいた。
全然、気づかなかった。
それまでの一挙手一投足を見られていたと思うと、何だか恥ずかしかった。
私は、諦めて引き返そうとしたが、違和感を持った。
3,4歳ぐらいの子が公園のベンチで、一人何もせず座っているだろうか。
「どうかしたの?」
私はその子に近づいて聞いたが、その目は涙で溢れていて、何か事情があるのは明らかだった。
私はその子の隣に腰掛けた。
「怪我しちゃった? どこか痛い?」
その子は首を横に振った。
「じゃあ、お母さんとはぐれちゃった?」
『うん…』
私は目線を合わせて、その小さな手を握った。
「お姉さんと一緒に、お母さん探そっか」
その子は何も言わなかったが、手は握ったまま、ベンチから立ち上がってくれた。
近くにあるはずの交番目指して、しばらく歩いていたのだが…。
まずい、スマホをなくした。
現代人の私にとって、スマホの損失は生き地獄とも同じだ。
特に、今はその最たる例、進行中だ。
方向音痴の私は、マップがないと目的地に着けない。
現に、もう何度も同じ道を歩いているらしい。
『お姉ちゃん、大丈夫? ここ、さっきも歩いたよ?』
無口だったはずの、この子にまで、心配されてしまう始末だ。
歩いているうちに、公園へ戻ってきてしまった。
『お姉ちゃん、あっちの道行ってみようよ』
もう、私が連れられているかのようだ。
(あれ? 道がわかる)
そこは、いつもの帰り道だった。
「お姉ちゃんに着いてきてね!」
すぐ、交番に着いた。
『ママ!』
心配したその子の母親も、ちょうど交番に来ていた。
『本当にありがとうございました。なんとお礼を言っていいか…』
「そんなの全然」
私のスマホも交番に届いていて、それが戻っただけでもう十分だった。
『お姉ちゃん、ほんとにありがとう!』
私はその無垢な笑顔を横目に、交番を後にした。
公園に戻った。
私はスーツのまま、ブランコをしばらく漕ぎ続けた。
その緩んだ頬を、夕焼けに染められながら。
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