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短編小説「シェフの気まぐれサラダ」
私にはお気に入りのレストランがある。
そのレストランのメニューは、ほとんどが普通の洋食屋にある代わり映えのない料理ばかりだ。
ただ、一つだけ特別なメニューがあった。
“シェフの気まぐれサラダ”
このサラダの内容は毎日変わる。
その予測不可能な魅力に、私はすっかり虜になり、毎日このレストランへ通うようになっていた。
私はいつも何の食材なのか、考えながらよく味わう。
そして一通りの食材を口にしたところでシェフを呼び、その食材の正体を知るまでが最高の食事体験となっていた。
そして今日も、期待を胸に店を訪れた。
いつもの席に座り、ウェイターに注文した。
「シェフの気まぐれサラダを1つ」
『かしこまりました…』
ウェイターは新人で、慣れない手つきで注文の確認を取ると、キッチンへ消えていった。
待っている間、店内を見渡した。
最近は見かけない顔ばかりになってきた。
同じく常連だった派手な服の女性や、中年の男性はどうしたのだろうか。
そんなことを考えていると、“シェフの気まぐれサラダ”が運ばれてきた。
皿の上には形の揃えられた野菜の上に、一際目立つ赤い食材が盛られていた。
その艶から、おそらく何かの肉なのだろう。
私はフォークを手に取り、口に運んだ。
そっと噛むと、独特の弾力が歯を刺激した。柔らかいけれど、歯ごたえもある。
そして、噛み締めるほどに、濃厚な味わいが広がっていく。
こんな美味しいお肉は食べたことがない!
私はすぐ、ウェイターを呼んだ。
「シェフを呼んでくださる?」
ウェイターは戸惑いの表情を見せた。
『本当に…お呼びしますか?』
「ええ、早く呼んでちょうだい」
新人ウェイターの手際の悪さに少し苛立ちながら待っていると、厨房からシェフが現れた。
『いつも、当店へお越しいただきありがとうございます』
シェフは頭を下げた。
「ええ、こちらこそ、いつも美味しい料理をありがとうございます」
私はすぐ本題を切り出した。
「今日の食材もとても美味しかったのですが、これは何のお肉なんでしょうか?」
『そうですか、それはよかったです。なにせ、私も大好きなお肉の種類ですから』
「えー、そうなんですね。それで、何のお肉なんですか?」
『これは、ぜひ当てていただきたいです。どうです? 簡単ですから、今すぐお肉を追加いたしましょうか?』
「わかりました。ぜひ、お願いします」
私がそう返事すると、シェフはテーブルに乗っている私の手を、大きな包丁で勢いよく切り落とした。