短編小説「悩みの色 後編」
先輩は道中も真摯に私の悩みを聞いてくれた。
でも、悩みとは別に気になっていることがあった。
「そういえば先輩。なんで私が悩んでるって、わかったんですか?」
先輩は空を見上げ、遠い目をした。
『僕も、絵を全く描けなくて悩んでたことがあってね。なんか似てたんだよ』
そんなことがあったなんて。
でも、今の先輩からはそんな過去を一切感じられない。
私はある意味、先輩を見誤っていたのかもしれない。
『僕も悩んだときはいつも、ここに来たんだ』
到着したのは、美術館だった。
しかし、絵描きが悩んだら美術館を訪れるというのは定石のようで、現に、悩める私は既に何度も訪れている。
入場料は先輩が払ってくれた。
一緒に見て回っていると、先輩が足を止めた。
『ねぇ、この絵がどう見える?』
先輩は一枚の絵を指した。
何色かわからないような色使いで、輪郭線もはっきりとしていない。
私は黙ったまま、答えられなかった。
『じゃあ、聞き方を変えるね。この絵をどう見たい?』
「不安なんだろうなって、感じます」
なぜか、言葉が簡単に出てきた。
『僕は、初めて見たとき、助けてあげなきゃって感じたんだよね。でも、実際は全然違った』
先輩は楽しそうにしながら、続けた。
『今は亡き作者が、この作品を描いた時の想いを語ってるんだけど、その気持ちは、 “楽しくてしょうがない” らしいんだよ』
先輩があまりに笑い混じりに語るせいで、私もつられそうになった。
『それを知ったときは笑ったよね。もう、悩みなんか全部吹き飛んじゃってさ。絵って、こんなにも自由なんだなって』
私もついに吹き出した。
胸の痛みはどこに消えてしまったのか、今はものすごく心が軽い。
『僕もうまくは言えないんだけど、どう見たいか、どう描きたいか。それでいいと思うんだ』
私たちは騒がしかったらしく、警備員に追い出されてしまった。
でも、その言葉はしっかりと胸に刻み込まれた。
『いや、追い出されちゃったね。せっかくだから、もう少し見て回りたかったんだけど、ごめんね』
「そんなの、全然。むしろ、ありがとうございました!」
違う。
『また今度でも、ゆっくり見に来ようか』
「お願いします」
今言いたいのは、そんなんじゃない。
「あのー?…先輩?」
『ん? どうした?』
絵は自由なんだ!
「なんだか私、今なら描ける気がします!」
『そっか、じゃあ、部室戻ろっか』
「はい!」
私は先輩の腕を引っ張って、駆け出した。
もう、早く絵が描きたくて仕方ない!