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短編小説「悩みの色 前編」
絵が描けない。
美術部に所属している私にとって、それは致命的だった。
私は絵が下手だ。
色使いから、1本の線をとっても、他の部員には遠く及ばない。
最後に絵を楽しく書いたのはいつだろうか。
最近は、絵を描き始めることすらままならなくなってしまった。
毎日、部室に向かう足取りは重く、胸の奥には鈍い痛みがあった。
私はもう、美術部をやめようかと考え始めていた。
そんな中、今日も変わらず部活には参加したものの、全く手を動かせないまま、キャンバスの前に座りつくしていた。
周囲の人達は、ずっと忙しそうにしている。
なんでも、近々、一年で一番大きなコンクールがあるらしい。
私には無縁の存在だ。
そう考えていると、再び胸の奥に痛みが戻ってきた。
絵も描けないような人間が同じ空間にいては、コンクール前の皆に迷惑がかかってしまうのではないか。
そんな罪悪感も重なり、私はずっと手に握っていた筆を置こうとした。
その時――
『悩んでるようだね』
私に話しかけたのは、いくつものコンクールで受賞経験のある、一つ上の先輩だった。
彼は、我が美術部のエースとも呼ばれている、私も憧れの人物だ。
「え? はい…」
思わず声を漏らした。
まさか、こんな私に気をつかって…。
『驚かせるつもりはなかったんだけど。まぁ、相談なら何でも聞くよ』
先輩は優しく微笑んだ。
何もかもを抱擁してくれそうなその瞳に、私は初めて思いの内を語った。
「先輩方や他の部員の絵はとても上手なのに、私はこんなに下手で…。ついには、絵を描き始められなくなったんです…。だからもう、いっそ部活を辞めてしまおうかなんて…」
なんだか、心が少し軽くなったような気がした。
『うん、じゃあ、行こうか』
先輩は私の腕を取って言った。
「え? どこに? 今からですか? 先輩、自分の絵はいいんですか? 忙しいんじゃ…」
私は戸惑いを隠せなかった。
『いいから、いいから』
先輩に引っ張られるまま、私たちは部活を抜け出した。