短編小説「押し出した背中」
『君は本当に使えないね。こんな簡単な仕事も任せられないの?』
上司の厳しい叱責が、会議室に響き渡る。
彼女は俺の直属の上司だ。
頭を下げたまま、ただ黙って耐えるしかなかった。
「申し訳ありません。次は必ず…」
『次? 何度同じことを繰り返せば気が済むの。もういい、帰って!』
会議室を出ると、同僚たちの視線が痛かった。
もう誰も俺を救ってくれない。限界だ。
俺はオフィスを飛び出し、近くの公園のベンチに座り込んだ。
毎日の残業、休日出勤、そして終わりのない叱責。
心も体も疲れ果て、もはや自分が何のために生きているのかさえ分からなくなっていた。
そこへ携帯電話が鳴った。
彼女からだった。
『今よかった?』
「うん大丈夫だけど、どうした?」
『私たち別れましょ』
それはあまりに唐突だった。
「どうして!?」
『私、あなたの会社に知り合いがいるの。仕事で怒られてばっかで、後輩にも舐められてるらしいじゃない。恥ずかしくて付き合ってられない!』
「ちょっと待って俺、頑張るから、考えてくれよ!」
『もうさんざん何も言わずに待ったのよ。さようなら。もう電話かけてこないでね』
電話が切られた。
その瞬間、全てが音もなく崩れ落ちていく感覚に襲われた。
仕事のせいだ…仕事のせいだ…すべて、仕事のせいだ…
俺は、力なく歩き出した。
気づけば、俺は駅のホームに立っていた。
仕事のせいだ…仕事のせいだ…すべて、仕事のせいだ…
俺は線路に身を投げ出そうとした。
そのとき、ホームの向こうに見覚えのある姿が目に入った。
髪型、身長、服装。どう見ても彼女だ。
仕事を終えた上司が、電車を待って立っている。
仕事のせいだ…仕事のせい…いや、すべて彼女のせいだ…!
俺の人生を台無しにしたのは彼女なんだ。
俺は急いで彼女の後ろに並んだ。
ブオン!
ブレーキをかけた電車がホームに侵入してきた。
俺は後ろから彼女の肩に手をかけた。
そして彼女が振り向いた瞬間、俺はその憎い背中を強く押した。
その瞬間だけ、すべてがスローモーションのように動いて見えた。
は? 誰?
そこにいたはずの上司は?
その女性の瞳は俺をとらえたまま、ホームの端を越えていった。
これを、俺が…
駅のホームに、人々の悲鳴が響き渡った。