短編小説「一つの段ボール」
窓から差し込む朝日が、部屋に明るさを運んでくる。
俺は目を覚まし、まだ寝ぼけた足取りで起き上がった。
今日は特別な日。ついに迎えた引っ越しの日だ。
段ボールの山に囲まれた部屋を見回す。
10年間住んだこの家とも、今日で別れとなる。
(さぁ、始めよう)
俺は最後の荷造りに取り掛かった。
本棚から本を取り出していると、一冊の古びたアルバムが目に留まる。
開いてみると、そこには懐かしい写真がぎっしりと詰まっていた。
幼い頃の家族旅行の思い出。
学生時代の友人たちとの笑顔。
そして、もう会えない人の姿。
「こんなところに…」
一枚一枚めくるたびに、記憶が鮮明によみがえってくる。
泣いた日も、笑った日も、悔しかった日も。
これは俺の人生そのものだ。
最後のページには、一枚の写真が挟まっていた。
裏にはその日付と、一行のメッセージが記されていた。
『忘れないで。あなたの人生は、まだ始まったばかりよ』
祖母の筆跡だった。
俺はこんなもの知らない…。
目に涙が溢れる。
俺は立ち上がって、窓を開けた。
新鮮で冷たい空気が部屋に流れ込んでくる。
アルバムを大切に段ボールに収め、テープを貼る。
これで、全ての荷物の準備が整った。
玄関に向かう途中、空っぽになった部屋を振り返る。
壁に残された思い出の跡。
天井のシミ一つ一つにも、小さな思い出があった。
俺はゆっくり玄関のドアを開けた。
これが新しい生活への第一歩だ。
心臓が高鳴る。
外に出ると、北風が頬を優しくなでていく。
俺は深呼吸をして、空を見上げた。
雲一つない青い空が広がっている。
小鳥が3羽、電線に並んで一斉に綺麗な声を響かせる。
それは新しい季節の始まりを告げるかのようだった。
「行ってきます」
そう言って、俺は歩き出した。
果たして、引っ越し先で良い思い出が作れるだろうか。
背中には、たった一つの段ボールに詰まった10年分の思い出と、新たな期待と不安を背負っている。
でも大丈夫。俺の人生は、まだ始まったばかりだ。