配送業者は現れない
先日、大きい絵が旅立っていく、と言った。
集荷に来る朝、寝過ごした。
徹夜で梱包作業をするつもりだったのだ。
集荷とは、配送業者が荷物を自宅に引き取りに来ることである。
引き取りに来てくれるのは大変に有難いことではあるけれども、何時に来るかイチイチ教えてはくれない。
この絵の場合でも10時から17時という幅のある、余裕のある、なんでそんなに長いのか、という時間設定で来られる。
こちらとしては、発送してしまわなければ、何か落ち着かないので、コンビニに預けてしまった方がよっぽど楽である。
ただこんなデカ物を預けられるわけもなく、自宅で待つしかない身の辛さ。
このデカブツがあるうちは、芸術倶楽部 亀甲堂は臨時休業状態である。
そういう日に寝過ごしたのである。
絵は身梱包のまま放置してある。
朝8時。
10時から17時の間。
10時に来るかもしれない。
あるいは、少し早く9時半かもしれない。
慌てて取り掛かったが、大変だった。
この絵の大きさは100号サイズと言って、美術大学の学生などの卒業制作や、公募展というコンテストでよく取り扱われる大きなサイズである。
畳1畳半くらいと思ってもらえば良い。
幸い、以前に公募展に出品して、結果は選外つまり落選、その返送の際に綺麗にダンボールに梱包してくれた、その大きいダンボールが綺麗に残っていた。
それを使わせてもらった。
最近は何かあったらいけないので、大きい絵は木箱に入れろと言う。
そんなことは引き受けられない。
何かあれば、責任はあなたにありますと、英語の文章で送られてくる。
発送先はイギリスのようである。
そんなに言うなら、木箱の代金もちゃんと領収してもらってほしいものである。
こちらはそちらの言うとおりディスカウントもしてるんだ。
木箱の値段など知らないが、そんな予算は出るわけない、とブツブツ言いながらダンボールにぐるぐるとガムテープを巻いていく。
近所のおばちゃん、おっちゃんと「大変でんな〜」「こういう時だけはしんどいなぁ」「絵はむつかしいなぁ〜」「簡単やで〜」と絵についてのいつものやり取りをしながら、家の外で梱包作業をした。
定刻の10時には間に合わなかったが、11時半ごろになんとか梱包作業を完了した。
それから、娘のお稚児さん行列に参加するべく出かけたりするので、伴侶と、母に、配送業者への対応を任せて出かけた。
「この書類を渡して、あとは荷物を持ってサッサと行ってくれるから」言いのこし、娘と共に出かけた。
海外に発送するには、何かと書類がいるようである。
インボイスとかいう名前をだけが頭に残っている。
なんだかわからないが、インボイス、インボイス、とさかんに口に出してみるのである。
日本語訳は知らない。
なんだかこういう専門用語のような、業界用語のような、こういう言葉が自分の身に降りかかってくると、その言葉を連呼する癖があるようである。
娘と行列を練り歩き、両脇には爺さん2人を従えて練り歩く、たくさんの子供が同じようであったので、ほとんど子供が見えなかったのではないだろうかと思う。
そんなことを思いながら、歩いていても、インボイスと大きな荷物が気にかかる。
伴侶や母からの連絡はない。
練り歩きが終わっても連絡はない。
行列が終わるとご褒美のおやつをもらって、娘はサッサと友達のところに遊びに行った。
私の気がかりは、消えないまま、家の前にドンと置いてあった。
その後疲れたので、弁当を買ってきたり、実はその際も気がかりで早足で行き来する、結局木箱を用意していないがと、不安になってみたり、梱包作業を工程ごとに写真を撮れとの連絡に苛立ってみたり、忙しい、いや気忙しい1日を過ごした。
結局配送業者は現れなかった。
18時を過ぎた頃、配送業者に電話した。
ゴールデンウィーク中である。
娘も10連休であるように、結構休むところが多い。
何故か、休んでは困るところが、しっかり休む。
海外への配送業者、病院、役所、銀行まで休んでいる。
大規模であるとか、高所得であろう所が休みである。
逆なのである。
大規模であるとか、高所得であることはそれだけ責任の重さがあるのではないか!などと憤ってみても、配送業者は現れない。
電話も繋がらない。
ギャラリーは海外である。
仕方がないので、下手な英語にしか訳せないgoogle翻訳を使って、下手な英語の文章で苦情を伝えた。
下手の文章への苦情は、googleに言ってくれという文章も添えた。
苛ついているのだった。
結局翌日になるまで、ギャラリーから返事は来なかった。
配送業者の現れなかった日の翌日ギャラリーから、あっけらかんとしたメールが来た。
「ソーリー次のピックアップは7日です。あなたの持っている書類は7日も有効です。連絡ありがとう。」
軽い、実に軽い。
本当に来てくれるのか知らないが、7日までこのデカ物は店の中にデンと居座るつもりである。
それまでは、芸術倶楽部亀甲堂は開店休業状態である。
あ、これはいつもの通りのことだと、妙に納得してしまう。
7日はやはり何時に配送業者は現れるのか、また当日は気忙しいが、何もできない時間を過ごす予定である。
どうか9時半ごろには来てもらいたい。
ふと、この絵の写真を見てみると、「行ってきま〜す」と手を挙げているように見える。
「早く出てってくれ」と答えたい。
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