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【Tree型人材論】生産性UPよりも「脱時短」を考えた方が良い理由
序文:生産性UPは何のため?
多くの社会人は意識的にも無意識的も「生産性UP」が大事だと考えているように思う。
業務を効率化して生産性を上げないといけない。
投資した経営資源に対して生産性を上げ続けないといけない。これらは経営においては正論だ。
では、何のために生産性UPをするのか?
例えば、
モノ作りであれば生産性を上げることで生産量が増え、売上が上がる。サービスの場合には付加価値が増え、売上や利益が上がる。
利益が増えるとプロダクトやサービスは拡充し、従業員も増え給料を増やす原資が増える。
または、生産性が上がることで残業が減り、ワークライフバランスが整い、働きやすくなると従業員が定着しやすくなる。
といったことが、経営において生産性UPが必要な理由として挙げられるだろう。
しかし、変化の激しい現代において企業は、生産性UPの必要性は薄れてきている。
大量に作っていたプロダクトのニーズが変われば作ったものが全く売れなくなる可能性もあるし、どんなに良いサービスでも、付加価値も不変ではない。
また同じ価値を提供し続けていると飽きられてしまい、価値が無くなることもある。
型にはまった行動だけを繰り返し行えば生産量は増えるが、それだけだと新しいものは生まれない。
一番の問題は、個人として生産性UPを目指した結果、働きやすくなったり、給料が増えたり、意欲が上がったりしてはいないのではないかという点だ。
同じことを繰り返しやることも大切ではあるが、意欲の低下を生むケースもある。
「タイパ」が大事だと考える人は増えたが、「タイパ」を意識して動画を倍速で視聴し、内容を理解することが出来たとしても、何かが失われていないだろうか?
決して生産性UPが大事ではないというわけではない。問題となるのは表面的な生産性UPや時短だけを目指した結果、満足感や本来持つ価値が減っている事実だ。
実はそのことに気付いてはいるが、そのままにしていないか?
「量」は増やすことができたが、全体的な「質」は減っていないか?生産性UPばかりを意識することで、失われている何かを我々はもっと意識するべきではないだろうか?
真の生産性UPとは「短期的な効率UP」ではなく、「長期的な価値創出」を課題とする必要があり同じことの繰り返しだけでは価値が生産出来なくなる。
その解決策の一つとして、「個人的資本経営」の観点で、個人は生産性UPを意識するよりも「脱時短」を意識する必要があるのではないだろうか。
脱時短と熟成
生産性UPや脱成長ではなく、脱時短。
ありのままを受け入れ、時間を掛けて成長させることが大事だという考え方であり、時短という考えや技術が発達する前は当たり前にやっていた行動である。
食材において、適切な環境の下で時間を掛けて旨味を引き出すことを「熟成」と言うが、人材においても熟成により可能性や強み、素質が引き出されていくイメージがある。
事実として、仕事に限らず時短だけを意識していては得られない領域はありプロフェッショナルと呼ばれる人達が持っている何かはここにあると思われる。
例えば、言葉と言葉の間にある「間」によって生み出される余韻や非言語表現の理解。
あるいは、武道の「カタ」を極めた後の改善や独自性(守破離)の様なものである。
時短を行うことで見落としてしまった所に本質が含まれている事実はあり、そこに面白みや長期的な価値創造のヒントがあるのではないだろうか。
時短のマイナス面と発酵的成長
時短は一見、労働生産性を高める有効な手段に見えるが、負の側面も存在する。これを無視してしまうと、気付かない内に組織の生産性が下がる結果にも繋がる。
時短により考えられるマイナス効果としては、以下が挙げられる。
1. 質の低下
企業が効率を重視しすぎると、創造性や作業の丁寧さが犠牲にされる。
2. 過度な負荷と心理的ストレス
効率化の圧力は、従業員の心理的負担を増大させる。心理的安全性を損なう環境では、長期的なパフォーマンス低下が避けられない。
3. 長期的成長機会の損失
時間削減のために新しいスキル習得が後回しになることで、個人と組織の成長が阻害される。技術革新よりも効率重視の傾向が強まり、結果的に競争力が低下する。
それらのマイナス面に対しての解決策としての「脱時短」とは、単なる時間短縮の否定ではなく、質の向上と持続可能な成長を重視するアプローチである。
特に、長期育成や熟成のように時間をかけて成果を得ることが重要であり、それが最終的に生産性の向上につながる。
時間をかけて作る味噌や醤油などの発酵食品が深い味わいを持つように、人材もまた時間をかけて成長させることで、長期的な価値を生むことができる。
脱時短を考える上ではこの「発酵的成長」を意識することが重要である。
T型人材からTree型人材へ
T型人材とは
T型人材とは、深い専門性(縦棒)と、広範な協調性・横断的視野(横棒)を併せ持つ人材を指す。このモデルは、専門分野での卓越した知識やスキルと、異分野との連携力の両立を図る理想的な人材像として注目されている。
スタンフォード大学のチャールズ・オライリー教授らによって提唱された「両利きの経営」において語られている「ある事業で成功した企業が、その事業の改善に特化した結果、市場の急速な変化に対応できなくなる」という現象がある。
日本企業においてもかつて栄えていた企業が、時代の流れとともに衰退している現実があるが、その解決策として、成長し続ける組織において既存事業の改善と未来の新規事業の創造が同時に行うというアプローチが「両利きの経営」において必要だとされる、
前者は「知の深化」、後者は「知の探索」と呼ばれている。そしてそれを可能にするために、深い専門性と横断的視野を持ったT型人材が求められている。
Tree型人材論
このT型人材を改めて捉えなおし、仕事以外も含めた個人の長期的な発酵的成長を促すイメージとして「Tree型人材」という概念を考えた。
成長する木をイメージしながら、幹(専門性)、枝(広がり)、根(基盤)、実(成果)という4つの要素から構成される目指すべき人物像だ。
■幹(専門性):
特定の専門分野における深い知識と自分の軸を持っている人材。Tree型人材の中心軸であり、安定した成長を支える。仕事やプライベートを含めて、時間や量を積み重ねる事で年輪が刻まれ、太い芯を作っていく。
■枝(広がり):
様々な分野への興味を持ち異分野とのネットワークや、多様な視点を持つ人材。他部門や外部とのつながりを広げ、イノベーションを生み出す力を持つ。枝が分かれる様に分岐しながら、光(目標)の方向に進んでいく。どの枝もつながっていて幹(軸)に集約されていく。
■根(基盤):
社会の倫理観や価値観に従いながらも学び続ける姿勢により、環境の変化にも適応する人材。
潜在的な意識を持つ基盤として、求める「場」に根を張り、必要に応じて移動しながら、その「場」から水分や栄養を吸い取るように成長に必要なコトを学んでいく。「場」は会社、社会と様々だが、根を通じて、社会や世界と常に繋がっている感覚を持ちながら自分を成長させていく。
■実(成果):
社会や組織に還元する付加価値を生み出し続ける人材。単なる業績ではなく、持続可能な価値の創出を目指して、個人の中の多様性や興味において様々な成果(果実)を生み出していく。枝と同じくどの「果実」も幹に繋がっていて組み合わさることで新しい価値も生み出していく。
「果実」が土地や動物の栄養となり、他の場所にも運ばれていくように、自分から離れた所にも影響させていく。
これらを意識して、大きな木へと成長させていくことがこれから個人としてより求められていくのではないだろうか。
また組織においても現代の変化の早い時代では、以下の3点においてTree型人材を目指していくことが望ましいと考える。
持続的成長
軸を太くしながら幹・枝・根がバランスよく成長することで、個人と組織の長期的な発展が可能になる。多様な価値の創出
異分野の知識を融合させることで、付加価値の高い成果(果実)を生む。特に複雑な課題に対しては、専門性と広い視野の両方が求められる。環境適応力
Tree型人材は、変化の激しい環境に柔軟に対応できる。価値観や倫理観(根)がしっかりしていれば、どのような環境でも適応して、行動できようになる。
結論:生産性UPよりも「脱時短」を考えた方が良い理由
真の生産性UPを実現するためには、Tree型人材のような存在が不可欠であり、組織においてTree型人材を育てる、もしくは個人が自然に育っていく「場」を作るためには、生産性UPを目指して短期的な成果を求めるのではなく、「脱時短」による発酵的な成長を目指して、個人の中の多様性を育みながら長期的な視点と場づくりが必要ではないだろうか?
生産性UPを目標としてしまうと、長期的な視点での人材の成長が阻害される可能性がある。これが生産性UPより「脱時短」を考えた方が良い一番の理由である。
▼参考文献、記事
・武道における 「型」 「修行」 「道」について
「形と型」 「修業と修行」 「術と道」
の問題を中心に―武道学研究1998
https://www.jstage.jst.go.jp/article/budo1968/21/2/21_83/_pdf
・両利きの経営
チャールズ・A. オライリー (著), マイケル・L. タッシュマン (著), 入山 章栄 (翻訳), 渡部 典子 (翻訳)
・T型人材とは?企業が育成に取り組むべき理由、育成のポイント、人物タイプの比較を解説。
https://www.pro-bank.co.jp/saiyo-meister/personnel-story/why-t-type-human-resources-are-required?amp=1