「結婚」の温度
「高校のときに会った、他校の人、らしいな、相手の人」
24になる年。徐々に友人や知人の結婚報告をSNSで拝見する日が増えていく。
何でも今、若い人同士の結婚が流行ってるらしい。
「でも俺、仮に今結婚したとしたら、幸せになれる気がしないよ」
冷たい雨の降る夜だった。
ひとり寂しいからと、まるで恋人のようにタクヤから電話をかけてきた。低く重たい声は、この時間に聴くと、どこか懐かしいような、安心感がある。
それはどうして?タクヤなら幸せな家庭を築けそうだけどな、とあえて感情を込めずにその真意を聞き出そうとする。
結婚したのは、タクヤの友人であり、俺は一度大学で偶然出会い紹介してもらった、ほぼ赤の他人。その日はタクヤと俺は同じナイキのスニーカーを履いていて、その友人に軽く揶揄われたのが記憶にある。
「大学卒業してすぐに結婚だなんてさ、なんだか今の生活考えると、窮屈っていうかさ、あいつには悪いけど」
語尾に強まる彼の重低音は、深夜毛布にくるまる俺をもう一層包んでくれるような、そんな暖かさを電話越しにはなつ。
平均初婚年齢は確か男女共に30前後。そんな中で23.4で結婚に踏み切ったのは、果たしてお互いの愛が数年で永遠のもの、という確証を得ることができたからなのか。あるいは、結婚を意識できるような恋仲にはそれ以外の要因があるのだろうか、分からない。
結婚なんてしなくても、楽しい人生。楽しさを見出せる人生。それを生きているつもりだった。そんな中で結婚だなんて話を聞くと、
「揺らぐんだよな、自分がさ」
一言一句違わず言おうとした言葉をタクヤが発した。
思わず、「わかるよ、」と返してしまう。まだちゃんと言ってないじゃん、適当だな相変わらず、と、当たり前の返しに戸惑いながらも、同じ感情を共有したかのような感覚に少し酔う。
「俺、今結婚はしたいと思わないけど、でもこれからそういう風に想う人に、いやでも出会ってしまうんだろうな」
保身と希望的観測、自分の生き様のような言葉が不意に出てきた。
欲しい服がある。パソコンも買いたい。奨学金はまだ半年も返していない。美味しいコーヒーを飲みたい。法外な価格のアボカドトーストを食べに東京のカフェに繰り出したい。
マスクを外してもいい生活が再び訪れるなら、愛しくてたまらない友人と、仕事終わり、次の日が休みならば夜通し、呑んで語り合いたい。
巡る思いを一切伝えることなく、もう寝ようかと"人口"のあくびを交えてタクヤに言うと、
え、まだ15分くらいだぞ??おい!次会うの来週じゃん!と、まるで戦闘シーンだけで1話が終わったドラゴンボールのアニメを見終わった時のような驚き方で繋ぎ止めようとする。驚いた時の声も普段同様に2オクターブ低いなと、「オクターブ」をよく分からずにそう思う。
「そんなに切りたいのか、そうか、また新しい彼女ができたって言ってたな。達者でな」
無音の部屋が再び姿を表す。外は小さい雨が降り始めていた。
暖房をつけようか。いや、付けなくとも大丈夫そうだ。今日はその必要ないと思い、いつもと違ってみえる毛布にもう一度くるまり直す。