近藤秀将『アインが見た、碧い空。』書評
行政書士の小説
アインが見た、碧い空。: あなたの知らないベトナム技能実習生の物語
本書は、博士課程時代の私の「後輩」であり、現在は研究面でもお世話になっている行政書士法人KIS近藤法務事務所の代表、近藤秀将氏が執筆した、「ビジネス・ライトノベル」だ。
行政書士とは、様々な「許認可申請」の専門家である。例えば私が何らかの事業(何らかの製造業、自動車整備業、レンタカー業、古物営業等々)を始めたいとしよう。その場合、私はその事業を法律に適した形で行える資格があるか審査を受けるために、様々な書類を集めたり書いたりして役所等に提出しなければならない。そのような営業許可に係る申請手続きを「営業許認可申請」と言う。
「許認可申請」にはほかにも種類がある。外国人が何らかの理由・事情で一定期間日本に在留したいとき、「在留資格申請」が必要になる。本書の著者の近藤は、そのような在留資格申請の専門家であり、関東でも最大規模の在留資格の申請件数を誇る、行政書士法人の代表でもある。
キャリアの搾取と経済構造の批判
本書は、国内外で様々な批判がある日本の外国人技能実習制度について、その本当の問題は何か、日本はその問題に対し今後どのように向かい合うべきかを、小説パートと解説パートから論じている。
外国人技能実習生は、よく言われるように、セクハラやパワハラが横行する劣悪な労働環境で働くことを強いられている「弱者」である。そして、多くの場合、そのような労働環境で働かせている受け入れ企業側が「悪」として表象される。
しかし、本書で示されるのは、そのような単純な「加害と被害」の図式ではない。まず指摘しておくべきなのは、外国人技能実習生ははじめから「弱者」であったわけではないということである。技術移転を名目に安価な労働力供給システムとして機能する、技能実習制度という歪みのある制度が、彼らから夢や目標を追うことのできる人生を奪い、「弱者」にしている。本書では、このような搾取を「評価されるキャリアの搾取」と呼んでいる。
そして、受け入れ企業ももともと「悪」なのではない。受け入れ企業の多くは巨大企業の下請け(孫請け)であり、元請け企業との主従関係によってコスト削減を強いられている。つまり受け入れ企業もまた、元請けに搾取されている「弱者」なのである。
搾取の原点には、何があるのか。それは「より安価で、よりよいサービス・商品を利用したい」という私たち日本人にビルトインされた消費社会的欲望であり、資本主義経済である。
「国益」という怪物を飼い慣らす
行政書士業界においてしばしば言われることであるが、移民政策においては「国益」という観点が重要だ(中村 2019)。「国益」とは文字通り「国家の利益」である。例えば、ある外国人が働いて得た所得からの税金収入は国家の収益になるので、彼の存在は「国益」に適っている。これに対し、国民の「福祉」を損なうものである犯罪は、「国益」を損なう典型である。フランス革命以後に生まれた国民国家は、その主権者を「国民」という、共通の言語・文化・伝統をもち、領域内に住む人びとに限定している。外国人問題の中でも「犯罪」がクローズアップされやすいのは、それが最もわかりやすく外国人という「国民以外のもの」が「国益」を損なうからであろう。
このように、高度にグローバル化した資本主義経済においても、近代の発明である「国民国家」なる怪物は、未だ死んでいない。
それでは、「技能実習制度」は、本当に国益に適っているのであろうか。
本書の「小説」パートは、技能実習制度にその青春を翻弄された多数の若者が出てくる。彼らは「尽きなく生きること」(見田宗介)を望みながらも、制度の壁によってその欲求を歪められる。思うように生きることができなかった元技能実習生たちの怒りと恨みは、「日本」という国民国家、「日本社会」へと拡散する。本書で描かれる結末には、リアルなものがある。
技能実習制度は、短期的にはその関係者たちに利益をもたらす。しかし、人生をその制度に翻弄された人たちの「恨み」は、「簿外債務」、つまり「見えない負債」となって、日本経済に降り積もっている(この辺りの指摘は、ペーター・スローターダイクをほうふつとさせる[作田 2012])。その「債権」はいつか本当に現実化するのではないか。本書は読みやすいが、私たちは警句の書として受け止めるべきであろう。
参考文献
中村伊知郎、2019、「最近の在留資格審査と国益に関する考察」『総合危機管理』3、45-49。
作田啓一、2012、『現実界の探偵』白水社。