童話「指輪のおとしもの」
以前書いた童話ですが、自分自身かなり気に入っている作品です。私なりの指輪物語を表現した童話で、自費出版する時には、絶対載せたいと思っている作品です。よかったら読んでみてください~。
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若葉のおい茂る森のそばに大きな屋敷がありました。その屋敷にはお金持ちのブラウン夫人が住んでいました。彼女は指輪やネックレスといった宝飾品が大好きでした。
ある日のこと、ブラウン夫人は屋敷の庭を散歩していました。その時、大事にしていた指輪を落としてしまいました。それは金の指輪で大きなダイヤが埋め込まれているとても高価なものでした。彼女は落とした辺りをしばらく探していましたが、どうしても見つけることができませんでした。彼女はしかたなく屋敷の中へと戻りました。
さて実際のところ、指輪はどうなったのでしょうか。もちろん、指輪は消えてしまったわけではありません。ちゃんとこの世界に存在していました。ではいったどこに? 実は指輪は落とした時に穴に落ちてしまったのです。その穴は屋敷の庭の隅にありました。とても小さな穴でマッチ箱が入るぐらいの小さな穴です。その穴は中に入ると、少し急な坂になっています。指輪は穴に落ちると、そのままその坂をごろん、ごろんと下っていきました。転がりながら指輪はどんどん速度を増していって最後にはものすごい速さになりました。そしてゴンっと大きな音を立てて、突然止まりました。なぜ止まったのでしょうか。見ると指輪の前には小さな木のドアがあります。そこに指輪はぶつかったのです。ぶつかってから少しするとそのドアが開きました。きょろきょろとした二つの目がこちらをうかがっています。その二つの目の持ち主はドアを叩いた正体が指輪であることに気づくと、ドアを大きく開きました。そこにいたのは鎖帷子を着た小人の兵士でした。
「ほう、これは見事な人間の指輪だ」
小人はその指輪を手に取りました。それは頭にかぶるのにちょうどいい大きさでした。
「女王様に献上しよう」
兵士の小人はさっそく、指輪を持って女王のいる広間に向かいました。穴の廊下には何本かのマッチが、かがり火のように暗闇の廊下を照らしています。兵士はそこを通り抜け、いくつかの穴部屋をくぐり、女王の部屋の手前まで行きました。着くと女王お付きの侍女の小人がやってきました。
「ここは女王様のお部屋です。何用でしょうか」
「女王様に王冠を献上しようと思い持って参りました」
兵士はうやうやしく指輪を侍女の手に渡しました。
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「これは見事な王冠。女王様もお喜びになることでしょう」
侍女は兵士から王冠を受け取ると、女王の部屋に入りました。女王は部屋の真ん中に赤いクッションの人形の椅子に腰かけていました。ビロードの布で作られた緑のドレスを着こなし、手には王錫の代わりに待ち針を持って毅然とした様子でこちらを見ています。侍女は慎重に王冠を運び、女王の前まで行きました。
「何があったのじゃ」
「はい。兵士がこの王冠を献上したいと持って参りました」
侍女が女王に指輪を捧げると、彼女はゆっくりと指輪を手に取りました。
「これは見事な王冠だ。わらわにふさわしいと思わぬか」
彼女はそう言って、指輪を頭の上にかぶりました。
「まあ。とてもお似合いですわ。今鏡を持って参ります」
侍女は喜んでその場を離れました。女王は満足げに指輪の重さを確かめました。
今までなかった王冠が手に入ったことがとても嬉しかったのか、いずれ戴冠式を正式に行わなければならないと思いました。と、彼女が考えていたその時、突然別の穴の出入り口を守っている兵士が駆けつけて来ました。
「大変です。女王様! 敵が穴のドアを食い破り、こちらに向かっています。早くお逃げください」
それを聞いた女王は兵士と一緒になって慌てて逃げ出しました。部屋を出ると、入り組んでいる穴の廊下を全速力で走り出しました。
「バリバリッ、ガリガリッ」
木を引っかくような音が辺りを包みます。あちこちのドアや壁が食い破れているようです。女王と兵士は必死で逃げます。そのうちバンッと大きな音が鳴り響いたかと思うと、穴の奥からチュウチュウ言う声が一斉に聞こえ出しました。二人の後ろから巨大なネズミが追い駆けて来ます。女王と兵士は夢中で走り、別の小さな穴に逃げ込みました。その時です。女王は頭にかぶっていた指輪を落としてしまいました。指輪はごろんと転がり、追いかけてきたネズミに見つかりました。ネズミはぴかぴかと光る指輪に興味をひかれ、その指輪を口にくわえて小人の穴を見回しました。しかし美味しそうなごはんがないことを知るとそのまま穴を通って、外の地上に出ました。何匹かの仲間もすでに穴の中から出てきていました。
「チュウチュウ、今日はごはんが何もなかった」
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「そうだ、そうだ。今日は何もなかったぞ」
「ボクはりんごのひからびたのを見つけたよ」
「チュウチュウ、それはよかった。みんなで食べよう」
皆がそんな話をしていると、指輪を拾ってきたネズミは得意げにこう言いました。
「ボクはすごい物を拾ったぞ。見てよ、これ。こんなにぴかぴかしている」
「ほんとだ、ぴかぴかしてる」
「どんな味がするんだろう。ちょっと食べてみてよ」
ネズミは仲間に言われて思いっきりかぶりつきました。するとどうでしょう。ネズミの表情はみるみるうちにくもってしまいました。
「どうしたんだい」
「歯がかけちゃったよ」
ネズミは悲しげに叫びました。仲間のネズミは目を丸くします。
「食べ物じゃなかったんだ」
「そんな物はいらない」
「そうだ、そうだ。そんなのいらない。捨ててしまえ、捨ててしまえ」
ネズミ達は怒って指輪を庭に捨ててどこかに行ってしまいました。
それから夜になり、朝になりました。指輪は朝露にぬれて光っています。きれいに光った指輪は空からも良く見えました。空を飛んでいた小鳥は、庭の隅で何かが光っていることに気づき、急いで空から降りてきました。そうして転がっている指輪を見つけました。
「いやいや、これはきれいな輪っかだな。これはいったいなんなのだろう」
小鳥は興味津々でしたが、それが何なのか知りませんでした。そこで物知り博士のカラスのところに行きました。
「これが何か知ってるかい」
小鳥が指輪をくわえてカラスに見せると、カラスは言いました。
「それは指輪だ。人間が指にはめるもので宝物だ」
「そうか、これは指輪というのか」
「小鳥の君には必要ないものだろ。カラスの僕としてはコレクションの一つとして欲しい物なのだが、それを譲ってくれないだろうか」
カラスにそう言われ、小鳥はちょっと考えました。
「これは人間にとって宝物だと言ったね?」
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「ああ、確かにそう言った」
「なら、僕にはあげたい人間がいるんだ」
「人間に知りあいがいるのかい?」
カラスはびっくりして聞きました。
「ああ、いるんだよ。僕が羽に傷を負った時に助けてくれた人間の女の子なんだけど」
「ほう、そんな子がいるのか」
「僕はその子にお礼がしたいんだ。この指輪をその子にあげたい」
「なるほど、そういうことならそれが一番だろう」
カラスも納得すると小鳥は指輪をくわえて屋敷の庭へと降りて行きました。いつもならこれくらいの時間にその女の子は庭で花を植えたり、本を読んだりしているのです。小鳥は少しきょろきょろしましたが、すぐに女の子を見つけました。女の子は庭の木陰で本を読んでいるところでした。小鳥は女の子の肩の上に止まりました。
「まあ、おまえまた来たの」
女の子は突然舞い降りてきた小鳥にびっくりしましたが、優しく微笑みました。持っていた本を閉じると、彼女はゆっくりと手の平を広げました。その上に小鳥はちょこんと乗りました。
「チチチッ、チチチッ」
小鳥は嬉しそうに鳴きましたが、何か言いたそうです。
「何? 私に何か言いたいことがあるの」
女の子は首をかしげます。見ると小鳥がころんと指輪を手の平にのっけました。
「まあ、すてき。こんなにぴかぴかした指輪見たことないわ。おまえどこからこれを持ってきたの」
小鳥はやっぱりチチチッと鳴きます。女の子は少し考えましたが、あることに思い当りました。
「そうだわ! こんなにすてきな指輪ですもの。これはきっと、そうよ! 魔法の指輪に違いないわ。小鳥が運んでくるなんてそんなすごいことって、なかなかないことですもの。魔法の指輪なのよ、これは」
彼女の顔にはみるみるうちに喜びの笑顔を広がっていきました。女の子がとても喜んでいる様子を見て、小鳥はとても喜びました。こうして女の子は指輪を手にしました。これは絶対なくしてはならない大切な指輪。肌身はなさず持っていなくてはならないと女の子は思いました。
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そこで彼女はひもに指輪を通し、それを首からぶらさげました。魔法の指輪が自分の物になるなんて、これからいったいどうなるのかしら。彼女はわくわくしながら、屋敷の中へと戻りました。
女の子は自分の部屋に戻っても、なんだかとても落ち着きません。なにせ、魔法の指輪なのですから、何かしら普通じゃないことが起きるかもしれません。そんなことばかり考えていると、じっとしていることなどとてもできない相談でした。それで彼女は屋敷の中をあちこち歩き回りました。歩き回るうちに、女の子はブラウン夫人と鉢合わせしてしまいました。ブラウン夫人は女の子にとっては伯母さんに当たる人です。訳あって女の子はブラウン夫人に預かってもらっているのです。伯母さんは高慢ちきで女の子と話すことはあまりありません。それで女の子は伯母さんに出くわすと、気まずそうに首をかしげました。すると伯母さんは叫びました。
「まあ、セーラ。おまえその指輪どうしたんだい」
「これは魔法の指輪です。伯母さんにだって渡すわけにはいかないわ」
女の子は慌てて指輪を隠します。
「何言ってるんだい。それは私のだよ」
「そんなはずないわ。今日小鳥が私に届けてくれたのよ」
「昨日庭で失くしたんだよ、私は」
「違うわよ。これは魔法の指輪なんですもの」
「そんなに言うならその指輪の内側を見てごらん。私の名前が彫ってあるから」
女の子は言われるままに指輪の内側をのぞきこみました。すると本当に伯母さんの名前がありました。
「まあ、そんな! 伯母さん、ひどいわ。私魔法の指輪だと本当に思ってたのに」
彼女は悲しげに叫びました。
「そんなこと言われても私も困りますよ。どちらにしても、おまえが指輪を見つけてくれたみたいだから、ご褒美に美味しいケーキをあげよう。とびっきり美味しいケーキだからおまえのご機嫌も直るだろうさ」
伯母さんは困ったもんだと思いながらも、女の子の手を引きながら、自分の部屋へと連れて行きました。
その後女の子は伯母さんの部屋から出て来ました。エプロンのポケットの中にはケーキの残りが入っていました。彼女は約束通り伯母さんから美味しいケーキと紅茶を頂きました。だからといって、彼女の心が晴れたわけではありません。女の子は屋敷の庭へと出て行きました。空にはあの小鳥が舞っています。小鳥は女の子の姿に気づき、また彼女の肩へと降りて来ました。女の子はエプロンのポケットからケーキの残りを取り出しました。
「さあ、おまえ、お食べ」
手の平にケーキをのせてやると、小鳥は美味しそうについばみました。
「これはね。おまえが持ってきてくれた指輪のお礼なのよ。でも魔法の指輪じゃなかったのは本当に残念だったわ。でも美味しいケーキもいいかもしれないわね」
女の子はがっかりしながらも、ケーキの残りを小鳥と一緒に仲良く食べました。(おわり)
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