はじめに:松籟庵(しょうらいあん)
最近、私の若い頃を知る人には信じられないほど早起きになり、小野鵞堂先生の『三体千字文』を手本に手習いをしていた。その中にこんな文章があった。
「索居閑處 沈黙寂寥 求古尋論 散慮逍遥」(p.127)
訳すと以下の通りになる。
「自分からタイミングよく勇退した後、閑静なところに移り住み、毎日を物静かに暮らして世の中のことにあえて口に出さず、穏やかに過ごしている。古書を繙いて、昔の人の残したよい事をあれこれ論じたりして、煩わしい世事から心を解き放し、山野をさまよい歩きながら楽しみ、悠々自適をすることこそ良い事なのである。そうすれば、後々まで笑いものにはならない」。
良いことを知ったと思い、普段子供達から「博のティールーム」と揶揄されている書斎を「松籟庵」と名付けた。訳文とは程遠い環境だが、気分を変えれば訳文通りになる。
70歳になる前に、自分からタイミングよく勇退したのは事実だが、住まいの環境は少しも閑静ではない。毎日剣道のことばかり考えているが、世の中のことにはまったく興味がなく日常は平穏無事だ。古書を繙いて『千字文』、『老子』や『論語』、『孟子』その他諸々20代から30代に購入した私には似合わない古書をペラペラ捲ってハズキルーペを掛けて読んでいる。また、山野がないので蚕糸の森や平和の森、セントラルパークにチャリ散歩を楽しんで暮らしている。
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「松籟」とは、辞書を引くと「松に吹く風。それが立てる音。また、これに見立てて、茶釜の湯が煮えたぎる音」とある。茶釜はないがT-falで湯を沸かし、インスタントのコーヒーか緑茶のティーバッグを入れて大好物の金吾堂の厚焼きせんべいをバリバリ食べながら飲むお茶が最高だ。
「庵」は「小さな簡単な住居。草ぶきの小屋。隠遁者また僧尼が住む家」とある。子供の頃に住んだ家が茅葺き屋根だった。「松籟庵」とは我ながらよく思い付いたと思っている。私自身今は隠遁者みたいなものだから丁度良い感じだ。
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この度、盈進義塾興武館のホームページが向上して、「テーマは何でもいいから、館員の皆に随筆的な文章を書いてほしい」と依頼があった。何でもいいからというのが難しい。テーマを決めてもらうと、そのテーマに沿って書けばいいのだが……。しかし、「何でもいい」ということに甘えて、自由奔放に思っていることをそのまま書いてみたいと思う。東京理科大学在職中、教授から400字詰原稿用紙5枚を毎日書くと面白いよ、と言われ41年間定年まで毎日書いた。その中から多くの著書・論文が完成したことは言うまでもない。とはいえ、高齢者になったので毎回5枚はキツイが3枚くらいで勘弁して貰いたい。
令和2年8月8日
松籟庵より
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