赤いタンバリンを鳴らす君。
"あ〜好きなんだろうな、あいつのこと"
わかりやすいほど目をハートにして、彼女はあの日、赤いタンバリンを叩いていた。あいつが歌う曲に合わせて、チャカチャカと楽しそうに撃っていた。
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この春入社した彼女は、僕らより7年後輩にあたる眩し過ぎる新入社員の一人だった。いつもニコニコしていて、周りをよく見てる。誰よりも努力してるくせに、そんなそぶりは一切見せない。謙虚で芯のある子だなと感心していた。
会社の飲みの二次会でも、みんなの飲み物を気にしたり、場を盛り上げたり、歌うのが苦手な人に気を配ったり。けれど、たまにふと、目がハートになる。
そういえば、彼女はコピーを取りに行くときも、お茶を淹れに行くときも、いつもわざと、あいつの近くを通って行く。僕はあいつの隣の席で、いつもなんとなく彼女の姿を目にとらえていた。
あいつと仲良くなりたい彼女は、ほろよいで楽しそうに手拍子をする。今度は部屋の隅にあった赤いタンバリンを、曲に合わせてチャカチャカならす。あいつが歌う曲に合わせて。あいつのために、赤いタンバリンを上手に撃っていた。そして他の人の番になると、また仕事スイッチに切り替えて気を配る。
"気ばっか使って疲れないのかな"
頑張る彼女を横目に、そんなことを考えながらビールを飲み干し、たばこを吸いに部屋を出た。
彼女が見つめていた男は、僕の同期であり、悪友だ。厄介な男に惚れちゃってるなぁと心の中で苦笑いしつつ、どこかチクリと鈍く痛む自分がいた。その鈍い痛みに、僕は気付かぬふりをした。
「お疲れ様です。」
ぼーっとしていたところにふいに声を掛けられ驚きのあまりむせていると、彼女はケラケラと笑った。驚かせちゃってごめんなさい、と言って笑った顔がとても可愛く見えて、鈍い痛みはスッと消えていった。自分だけに向けられた笑顔の破壊力に、僕は芽生え始めた気持ちを認めるしかなかった。あいつの顔をかき消すように、たばこの火を消した。
そこから初めて、ふたりだけで話をした。みんなが向こうで盛り上がっている中、ふたりだけの休息時間。
気を使いすぎて疲れてしまうこと、疲れると静かな場所で独りになりたくなること。そんなことを、ぽつりぽつりと静かに教えてくれた。
たった10分足らずの、ふたりだけの休息時間。
あの日を境に、僕と彼女は少しずつ仲良くなっていった。それと同時に、僕の気持ちも育っていく。困ったことに、すくすくと育っていく。彼女が好きなのは、僕じゃなくてあいつなのに。
行き場のない想いがグツグツと煮えたぎり、ある日 僕は、彼女の心にナイフを突き刺した。
「あいつ、奥さんいるよ?」
彼女の顔から血の気が引くのがわかった。
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「あの時の君、ほんと意地悪だったよね〜」
そう言って彼女は、あの日のようにケラケラと笑って、赤いタンバリンに手を伸ばす。懐かしいイントロが流れ、はい、とマイクを渡され僕が歌う。ブランキージェットシティーの、赤いタンバリン。
僕のために、赤いタンバリンを鳴らす君。
楽しそうに、赤いタンバリンを鳴らす君。
人は愛し合うために生きてるって噂、本当かもしれないって、思わせてくれたのは君だった。
あいつが離婚間際だったことは、ここだけの話。