見出し画像

いつか同じ景色を。

「紅葉が池に写って綺麗ですね」と私が呟くと、先生もまた「立派な庭園だね。物語の中にいるみたいだ」と呟いた。

先生の創作意欲の良い刺激になればと、私はこの日、京都は等持院に先生を連れ出した。これまで幾度となく断られてきたので、漸く何かが動き出したような気がした。
書院から見える庭園はとても美しく、柔らかな日差しの中、静かに眺め抹茶を頂いていると悩みも忘れてしまいそうになる。すると、先生が静かに話し始めた。「木々の揺れる音も、さざめく水面も、頬を撫でる風も、あの日と何も変わらないね」

その時、ザッと強く風が吹いた。

凄い風でしたね、と髪を整えながら隣を見ると、真っ直ぐに景色を見つめる先生がいた。その瞳に映るのは、今この景色ではない。記憶の中の、亡き奥さんとの思い出だ。あぁ、袖摺れどもこの人の心は何処までも遠い。それでも、私は先生の小説と、先生自身を愛してしまうのだ。


サポートとても嬉しいです。凹んだ時や、人の幸せを素直に喜べない”ひねくれ期”に、心を丸くしてくれるようなものにあてさせていただきます。先日、ティラミスと珈琲を頂きました。なんだか少し、心が優しくなれた気がします。