見出し画像

送り火の前に

目が覚めたら、空港のロビーにいた。
どこへ行くんだったか、ぼんやりしたまま進むと、小さなバーカウンターがあり、しゃれた燕尾服に赤い蝶ネクタイのバーテンダーがいた。
彼は希少な酒を振舞ってくれた。なかなか美味い。くいくい進む。夢見心地で堪能していると、奥のソファーにどうぞと促され、ふかふかのソファーに身を沈める。好物の酒のつまみが次から次へとテーブルを埋め尽くし、あまりの美味さに夢中になり、ふと気付くと搭乗時刻を過ぎていた。
「これはいかん。乗り遅れてしまった」私がそう言うと、「ご主人、それで良いのです。あなたはまだ旅立つべきじゃない」と彼が言った。
不思議に思いながらも酔いが回りソファーへ深く深く沈んでいった。

目が覚めると、妻が泣きながら私の手を握っていた。どうやら空港ではないらしい。
妻と私の手の間には、愛犬まろの首輪が握られていた。まるであのバーテンダーの蝶ネクタイのような、赤い首輪が。

#小説 #短編 #旅する日本語 #ショートストーリー #礼遇 #お盆

サポートとても嬉しいです。凹んだ時や、人の幸せを素直に喜べない”ひねくれ期”に、心を丸くしてくれるようなものにあてさせていただきます。先日、ティラミスと珈琲を頂きました。なんだか少し、心が優しくなれた気がします。