【現代ファンタジー小説】祓毘師 耶都希の復讐(37)父と母
初めて父らしき男自身から、私との距離を縮めてきた。上着の内ポケットから手帳を取り出し、挟んであった一枚の紙。
手渡されたのは、写真。
男の横に、赤ん坊を抱いている女性が立っている。若々しき頃の母の姿だった。瞬間、私の許しなしに、一筋の涙が頬を濡らした。
しかし涙を拭き、すぐに相対した。今はこの祖父、父と名乗る二人に対する不安と怒りを収めたいからだ。
それを察したのか、初めて聞かせる渋い声。
「お母さんの事件は新聞で知っていました。ただ、お母さんとの約束もあって、耶都希に会うことを躊躇っていました。
今回の依頼人が耶都希であることを知り、驚きました。そして父と相談しました。今日は耶都希に会いたくて。お母さんも許してくれる……そう考えたからです。
それに、もしかして“力”を備えているかもしれない、その時は依頼を受けることができない、耶都希はさらに闇に冒されるだろうと……」
(力……依頼、できない)そう思うと、食道の奥が塞がれた感を覚えた。
「私は居ても立ってもいられませんでした。耶都希にもお母さんにも、私は今まで何もしてあげられなかった。
……耶都希の代わりに、私が依頼人になります」
(えっ!? かわり? )
「私には力が備わっていません。一般人と同じです。力のない私が依頼することは問題ないそうです」
父にはない。私にはある。その理由を尋ねた。
「理由は不明です。先祖代々、隔世遺伝が多いと聞いています。私から子ではなく、孫に受け継がれた、ことになったわけです」
祖父らしき者が答えてくれた。
穏やかに話す父と名乗る男の決意は、私の怒りを少しだが鎮めてくれた。荒波の身が浜辺に戻されるように。
母の仇を、復讐を、彼が行なってくれる。覚悟してここに来、決意してこの場にいる私の目的が達せられるのだ。
多少の落ち着きを無言のまま迎えた。正直、お願いしていいものかどうか、葛藤もあった。
何気なく会話をずらすため、あり触れた質問かもしれないが訊いた。
「なぜ、母と別れたのですか? 」
母の娘の立場として知っておきたかった。
自分の寿命を減らしてまで、母の復讐をしてくれるという男。十五年前に別れているのだから、心身共に赤の他人のはずだ。
「お母さんと結婚する時、家系のことは伝えていました。もちろん、可能性の話しであって、絶対ではないということも……納得済みで一緒になりました。
耶都希が産まれ、大きくなるにつれ、お母さんは耶都希の未来を想い、『普通の女の子として人生を送って欲しい』と願うようになりました。まだ力があるかどうかも分かりませんでしたが、私はお母さんの想いを受け入れました。
私と一緒にいることで、力の存在を知り、危険な目に会う可能性を考えれば、湊《みなと》家との縁を断ち切ることがベストだと判断したのです。
それが別れるキッカケです。
私たちは愛し合っていました。ですが、耶都希のことがとても大切だったのです。
別れる時、お母さんからお願いされていることがあります。お母さんに何かあった場合、あるいは耶都希が力の存在を知り、耶都希自身がその道を選ぶ場合は、私の方で預かり、守って欲しいということでした。
……ただ私は、……こんな日が本当に来るとは、思ってもいなかった」
微動たりともせず、黙って耳を傾ける私がいた。
素直に応えてくれた彼の話しが終わっても、その場に相応《ふさわ》しい言葉を見つけることが出来なかった。