【現代ファンタジー小説】祓毘師 耶都希の復讐(50)鬼の形相
「タダとは言いません。10万円、いいえ30万円を現金でお支払いします。
旅行など行かれては如何でしょうか。行きたい場所があれば、手配は全て私がやりますから」
「まぁあ、30万円も!? 」
顔を見合わせる老夫婦。
「安全のために、通帳や印鑑など大切な物はお預けになるか、お持ちください。キッチンなどは使用しません。二階の道路側のお部屋とお手洗いだけで結構です。ゴミも持ち帰ります。
お願いします」
再び平伏した。
「どうします、あなた」
「いいんじゃないか。彼女たちも大変そうだし、うちのボロ家でもいいなら。
二階の部屋は子どもたちが帰って来る時しか、使ってないしな」
「だそうですよ」
満面の笑みを見せる奥さん。
「あ、ありがとうございます! 」
「それじゃ、早速出掛ける準備しなきゃね、お父さん。旅行なんて何年振りかしら」
行き先は『15年振りの伊勢と鳥羽』に、数分間で決まった。京都人は決断が早い、ことを実感した。
旅の準備をしてくれている間、陽は暑い日差しの中、一人張り込み。私は200メートルほど離れたコンビニ店に、一旦駐車。ATMで現金を下ろし、徒歩で夫婦宅へ。
ノートパソコンで検索しながら、夫婦の望む朝食付きの旅館を予約した。食事は旅先で決める、ということになった。
正午が過ぎた。出発準備が整った二人に30万円を渡し、再度お礼を言った。
二階部屋のエアコンも布団も、シャワーもキッチンも使っていいとのご厚意。それに『冷蔵庫の中の野菜や食糧も、食べてもらえないかしら、駄目になっちゃいますから、ね』と言われた。
知らぬ人物の作り話を信じ、優しく応対してくれる老夫婦に感謝した。
ただ、これが片付いた後に二人の記憶から消さなければならないことも、理解していた。
感謝と同時に、申し訳なさもあり、深々と頭を下げた。
「姉さん、流石だね。僕には思いつかなかった」
この家の主人たちが旅立たれた後に、この時だけ弟になった陽を、電話で呼び寄せた。部屋に入るや否や、お褒めのコトバだった。
嘘でも嬉しかった。
歳下からなのに。大したこと、していないのに。
目的のホテルから斜め約30メートルの、抜群のポジション。
借りた民家の二階での見張りを開始。その間私はコンビニで多目の食糧を調達し、愛車をガレージへ。アルミ扉があるため、多少の目隠しになっていた。
陽は手配していた鮮血と急遽依頼した録画可能な望遠ナイトビジョンなどを、待ち合わせして受け取ったりした。
(これからが、勝負だ)
静命術《せいみょうじゅつ》で奉術師《ほうじゅつし》の命《みょう》を消した私たちは、一時間おきに交替しながら、ホテル出入り口を監視した。刑事の張り込みの苦労を肌で、感じるかのように。
辺りが真っ暗になったが、出入りしたのは宿泊客っぽい数人のみ。以外にらしき人物の動きはなかった。
静命術を使っている間、私たちも能力を発揮することは出来ない。奉術師の命《みょう》を感知することは、不可能だ。しかし現れた形跡は見た目にもない。
組織《ネス》の一人である者のGPSも、そこから移動していなかった。
「深夜にコッソリ来るかもね」
弟が言うように、私も考えていた。
深夜は90分間おきの交替。仮眠を少しずつ、とった。
夜0時を過ぎた頃、私の番の時。黒っぽい乗用車が、ホテル地下駐車場へと消えた。入る直前にヘッドライトを消し、一般人なら減速するはずの入口で、スッと隠れるように突っ込んだ風に思えた。早くてハッキリしなかったが、高級車らしき乗用車。
(来た!? )
ただ陽を起こさず、交替の際に知らせた。
陽の時、その高級車は出て行ったようだ。車が出て来た際の徐行で、瞬間に録画ボタンを押していた。再生して解ったのは、品川ナンバーの外国高級車であること、運転手は中年の男であることだ。
私から陽に交替する朝4時頃、二台の車のライトを発見した。録画映像で確認。ホテル地下へ潜って行く、ホワイトのワンボックスカー二台には、複数の人影が見受けられた。
「いよいよだ」
数分後には大阪ナンバーの乗用車が、同コースで消えた。
騒々しさが増し、目が冴えてしまった。一階キッチンで二人分のドリップ式ホットコーヒーを作り、二階への急な階段を慎重に上って部屋に入る。
「さっきの車、戻ってきた。建毘師《たけびし》乗ってた」
「何で建毘師が? って言うか、静命術解《と》いたの? 」
「一瞬《ちょっと》だけ。
でも建毘師がいる理由は一つしかない。護衛だよ。余程僕たちを警戒してるみたいだね。つまり、それなりの人物ということになる」
「それなりの、人物……」
「高級車での送迎、建毘師を護衛に付けるほどの大物か要人。
誰かは判かんないけど、組織に詳しい人じゃないかなぁ。でもこれでハッキリした。風間を蘇生させる準備をしている。今日必ず命毘師が来る! 」
愉しんでいる陽と、緊張している私がいた。
コーヒーと野菜サンドウィッチで朝食を摂りつつ、期待の命毘師を待つことにした。
通勤の交通量が落ち着き始めた朝8時半を過ぎた頃、あの黒塗りのベンツ275型S600Lが、地下から出て行く。
「あの人、何者かしら? 」
「さあ。ただの運転手かもしれないし、SPかもしれない」
雇われている人なら、それほど危険じゃない。必要なら後日処理する、とも言った。
それから1時間程が経過。既に二人とも静命術を解き、奉術師の動きを観察していた。
「姉さん、来たよ」
感知力の強い少年は、私より先に近づいて来るのが分かったようだ。
「隠して! 」
突然のコトバで、静命術をかけた。
窓からホテルを注視。黒ベンツは我が庭のように地下へ潜って行くのを目撃した。
あの車から発せられた奉術師の命《みょう》によって、一人の命毘師、二人の建毘師の存在を察した。
「厄介なのが、来たみたい……」
感知度が鋭い少年直毘師の表情は固く、ただならぬ雰囲気をかもだしていた。
それが何かは不明だった。
「かなりの持ち主だよ。僕が会ったことのある建毘師とは比較にならない。僕たちのこと、感づいたかもね」
初めて見る陽の眼。恐れているような、険しい眼をしているのだ。
「ようぉ? 」
「まさか……誤算……フッ、邪魔者は誰であろうと関係ない。必ず消してやる。やられる前に、倒さなきゃいけない」
口角が微妙に上がった陽は、鬼気迫るような、まさしく鬼の形相。
(こんな陽、初めて。誰なの? 本気にさせる建毘師って)