【現代ファンタジー小説】祓毘師 耶都希の復讐(27)「いいよ、殺って!」
赤面の男は歯を食いしばり、涙を流し、全身を震動させていた。想像の中でも憎悪感が膨れ出てきているようだ。
少年は私に、彼の手を握るよう無音の合図をしてきた。
それに従った。いつものごとく、依頼人の闇を分析し始め、闇喰の準備ができたことを首肯で伝えた。
青年の胸元で囁く少年がいた。悪魔の囁きのごとく。
「いいよ、殺《や》って!」
瞬間、私の手の骨を軋ませるほどの力で、握った依頼人。
「イタッ!」
手を引っ込めようとするが、彼の力が強くて抜けない。我慢するしかなかった。依頼人の闇が命《みょう》とともに流れ始めてきたからだ。その怨度は……私の予想を超えていた。フィルターにかけるよう必死に闇を制御しながら分別し、闇喰を熟そうと能力をフル活用した。
終えると、少年にアイコンタクト。
「もう大丈夫。ズタズタになって、跡形もなく消えたよ。これであなたはヒーローだ」
目を細めながら、囁く少年。
私との手を緩め、ゆっくり目を開けた依頼人。闇喰《やみく》を終えた青年の表情は、少なからずスッキリした感があった。
「……あれ? 僕、何で泣いてんだろう」
青年の復讐心、怨み、憎しみ、悔しさなどの闇の圧縮体は、私の内で蠢いていた。
闇喰を受けた依頼人は、来たこと自体は憶えているが、何を何のために依頼したのか、その情念や私たちとの会話の記憶は失う。ここを去れば、「あの人たち、誰だっけ?」と、通りすがりの人なみに私たちの顔はぼんやりになる。一晩も寝れば、犯人を罰して欲しい、と神社へお参りにきた、という程度の感覚。その意味で神社を待ち合わせ場所に指定している訳ではないが。
復讐心は取り除かれた。復讐しよう、とは二度と考えることもない。事故で彼女を亡くした哀しみ、苦しみは、人並みに残しつつも……。それ以外の不要な闇のみを、取り除いた。
体内といっても物理的なことではない。しかし確実に依頼人の幽禍《かすか》(闇が膠着した命《みょう》)があることを認識出来ていた。
闇はエネルギーの一種。それが背中中央くらいに違和感として存在していた。
三日以内に犯人である対象者を処理すると、事前に約束しておいた依頼人はそのまま帰っていく。三日以内、ということすらすでに憶えていないだろう。
青年が去って暫く後、
「じゃぁ、おねえちゃん、もらうね」
冷ややかな目でありながら、透き通るような優しい声。可愛い声とは少し違う。例えていうなら、教会で唄う少年合唱団にいるような少年の声質。まだ声変わりしていない男子のようだ。
少年直毘師は私の右腕を両手で優しく取り、上に向けた私の手の平に合わせるように、自分の左手の平を軽くのせてきた。
「おいで」
呟く少年は、のせていた手をゆっくりと上昇。
私の体内にあった依頼人の幽禍は、右腕を通過し手の平からすーっと抜けた。
抜けた後の幽禍は祓毘師《はらえびし》には見えない。が、直毘師には見えるらしい。少年は左腕を横へ伸ばしながら、手の平にあるだろうそれを見つめながら、少しばかりか口角を上げた。
確実に少年に受け渡した。体内で蠢くモノはなかったから。
これまで吸引した闇を手放す時、身体《からだ》が軽くなるような感覚を得るのだが、今回は少し違った。軽くなるだけでなく、心地良さまでも感じたのだ。
依頼人の怨度の高め方といい、幽禍を手渡す感覚といい、新たな体験だった。
(何なのだろう、この子は……)