【現代ファンタジー小説】祓毘師 耶都希の復讐(22)巣立ち
七ヶ月ほど過ぎ、母の死から丸四年経った。祓毘師《はらえびし》の一人として認められた私は数年、源翠《げんすい》氏に随行していた。
そして21歳の時、許可を得て巣立ち。
新たな拠点として選んだのは、瀬戸内海の温暖な島。母との思い出の多い神戸からほど近い島を、活動拠点に。
住居は古い一戸建ての借家をチョイス。隣人宅との距離が離れている家を選んだ。ここで九年過ごすことになる。
転居後すぐに私は、島の小さな魚市場で働くことにした。早朝から昼頃前後までの時給900円のパートタイマーとして。
魚市場は時期による繁閑が激しい。おまけに、天候によっては漁ができないため、仕事も減る。個人的活動もあったため、好都合だった。だから続けることができた。
職場では会話が続かないためか、仲の良い人はいない。私はそれでも良かった。しかし自身のことを話さないお陰で、“謎多き女”というレッテルを貼られる始末。
移住当初から、噂の的になっていた。
島民にとって不思議かつ不気味な存在。笑顔どころか、感情というものがあるのか疑いたくなるほど、無表情で過ごしていたからだ。
笑顔を見た島民は誰もいないはずだ。祖父にも心配されてはいたが、何が愉しくて笑顔になるのか、疾《と》うの昔に忘れていた。
島民たちの不安の声は、数日で広がった。
地元交番の中年お巡りが職務のため、家まで身分証明書を確認しに来たほどだ。捜索願い対象リストや指名手配者リストと照合するため、だったかもしれない。当然だが、問題は一切なかった。
意外に器用だったため、仕事は着実にこなしていった。無口女を貫き大人しくしていたが。
職場の人たちは徐々に私の不気味さについては、気にも留めない程度になった。
噂のネタは他にもあった。出来る限り目立たないように心掛けていた、つもりだったが、この島では逆効果だった。
特に目立っていたことは、愛車。
現在はブラック色のBMW・X6《エックスシックス》。移住時のX5に続き二代目(台目)。一台千万円前後する高級車RVを若い女が所有しているから、目立たないわけはなかった。
ただ、これは譲れなかった。
三田市の親戚宅で過ごしていた際、家主の愛車を洗車していたのがキッカケで、車に興味を持った私が一目惚れしたのが、この車だった。
職場パート仲間に訊ねられたが、「宝くじに当たった」と応えていた。ウソであることは、誰もが気づいていただろうけど。
その愛車で、私は島外へよく出掛けていた。時には、数日帰宅しない時もあった。
噂好きの女性から追求されるが、「友達の家へ」「山へ」もしくは「一人旅」という模範解答をした。アウトドア用の道具を車後部に載せてあることは事実で、職場メンバーは知っていた。
大人しい、暗い、というのは表面だけで、アクティブな女であることをアピールする形となった。
一度だけ大怪我をし、職場を一週間ほど休んだことがあった。職場復帰した際、私の顔を見て皆驚いていた。ボクサーのようにボコボコに殴られた痕跡。片方の瞼は少し赤く、絆創膏も貼っていた。
心配の声が多かったため、「山の散策中に転げ落ちてしまった」とウソをついた。それ以上詮索する者はいなかった。
噂ネタは尽きない。
島に来た当初はパソコン、最近ではスマートフォンを、よく利用していた。
メール? SNS? 根暗である私の利用方法を知りたい職場の人は多かった。同年代の女性が興味津々で、SNSのIDを訊ねてきたこともあった。
「やっていません」
そのように返していた。教えたくなかった。
「メールなのだろう」、と勝手に思い込んでいる女たち。
「誰と、何を、やり取りしているのだろうか?」
勝手な憶測は職場外にも広がっていた。売春、愛人、セフレなどという噂まで流れていた。
どこにでもいるのだろうが……その噂を聞いて
「金払うから抱かせろ!」
性癖の悪い独身男が、言い寄ってきたことがあった。この時だけは私も、怒鳴りつけたことを憶えている。
「あんたらのような安っぽい人たちが一番嫌いだ! 私を真剣に抱きたいと思うのなら、婚姻届にサインして頼みにこい!」
このことは翌日に噂となって、狭い町中に広がった。私を毛嫌いする者はいたが、この言動を賞賛し、暖かく見守ろうという雰囲気になっていた。
九年もの間この島にいるのは、町民のそんな気持ちを察していたから、かもしれない。
スマートフォンでの頻繁なやり取り、一人旅する理由、高級車を乗り回す理由――未だに誰も知らない謎の女であることは、間違いない。
ただ、孤独であること、普通の女子でないこと、何か影を持つ者であること、などは、町民の共通の認識であると感じている。自分自身の本当の姿を誰にも知られたくなかったのは、当然。
私は祓毘師《はらえびし》。“闇”を扱う者。パートで働く私のもう一つの顔は“復讐代行屋”だから。