【現代ファンタジー小説】祓毘師 耶都希の復讐(52)裏切り者
目前のダンディーな男の右脇下から顔を覗かせた、女子高生。
彼女に話し続けようとしたが、続けられなかった。視界に現れた赤霧が、二人を取り囲んでいた。
(まだダメ! )
心で呟いても既に遅し。
鮮血を使った直毘師の攻撃技が、牙を剥いた。金刀比羅《ことひら》で伊武騎碧と闘った時のように。
しかし私の不安は、呆気なく吹き飛ぶ。
美しさに目を奪われるような現象。繊細で高貴な竹林に覆われるように、前の二人の頭上から降り注ぐ薄緑発光色のナチュレ・ヴィタールが、少年の拵《こしら》えた赤い霧を一瞬にして、消した。
目を疑うしかなかった。
(な、何? 今の? )
さらには、車中にいるはずの陽の奉術師の命《みょう》も消えた。
(陽? )
驚き、上半身をひねり視線を愛車へ。後部ドアが開き降りてきた。コチラへ歩き近づく陽は、私より一歩ほど彼ら側で立ち止まった。背姿を見ながら、動向を黙って見守ることになった。
「お見事ですね」
いつもの冷静な口調で語り出すことに、少し安堵した。
「何の用だ? 私を怒らせる前にここから立ち去って欲しいんだが……」
「フッ、それは僕のセリフかもしれません。その前に一言。今後邪魔しないで頂きたいんですが……」
「その静命術《せいみょうじゅつ》、誰から学んだ? 」
「……誰でもいいじゃないですか」
静命術は基本的に建毘師《たけびし》の術らしい。静命術をかけた状態の場合、その奉術師は力を使うことができない。
つまり、今の陽が攻撃態勢でないこと、だけは悟った。
「湊、さん、もしかして、さっき私が助けた方は、湊さんたちが処理した方ですか? 」
陽に気を取られている時、質問してきたのは女命毘師だった。
「そうよ」
「それで、私たちが来るのを見張ってた? 」
「そうね。でも、あなたが来るとは思ってなかったわよ。命毘師を待ってただけ。もしあの男が甦ったら、また処理することになってるのよ。転命《てんみょう》は一生に一度だからね。
さっき甦った男に彼が闇儡しようとしたら、幽禍が消えたみたい。つまり、傍に建毘師《たけびし》がいる、ということかしら。
残念だけど、他の方法で処理することになりそうだわ」
嘘を付け加え、反応を見た。案の定睨んでくる、女子高生がいた。
(ほんと、分かりやすいのね、この娘《こ》)
「それに今回、邪魔する人も処理してもいいという指示がきてるの」
「その指示は誰からだ? 」
問うてきたのは建毘師。
コトバではなく、両肩を少し上げて意思表示した私に、さらに厳しく言及してきた。
「誰を処理したのか、分かってるのか? 」
「裏切り者よ」
「裏切り者? 指示を出している者が裏切っていると思わないのか? 」
(えっ? 逆? )
「君たちは今、とんでもないことに加担している可能性がある」
「どういう意味、それ? 」
「NS《ネス》の内部分裂、あるいは新手の組織による乗っ取り」
彼の言っていることが全く理解出来ない、私がいた。コトバが出てこない。陽が代わってくれた。
「面白いことをおっしゃいますね。根拠もないのに……どちらにしても、僕は信じる道を進むだけです」
「信じる? 何を信じているんだい? 」
「僕の力、僕の使命、僕を必要とする彼を」
「彼!? その彼が君にウソを言ってるとしたら? 」
「ウソ? ウソと決めつける根拠は何ですか? 」
私も知りたいことがあった。
「そう言えば、先日も命毘師さんの傍にいた女が、連続殺人とか大量殺戮とかデタラメなことを言ってましたね。その根拠も伺いたいわ」
あれ以来、そのことが気になっていた。調べようがなかった。陽にも聞けなかった。いや、陽も知らないと思っていた。より詳しい情報が欲しかった。
組織《ネス》について、初見の指揮官に確認したかったことが本音。陽と一緒に聞いておきたかった。
二呼吸ほど後、組織の陰謀を語り出す安倍坂という男。
私たちは静かに聴いていた。
「そんな作り話を……」
呆れたように言い放ったのは、陽だった。
「では、君のお父さんが誰に殺されたのか、知っているのか? 」
「父さんは殉職した。捜査中犯人に殺された。犯人はその後自害している。それだけです」
「君の父さんは殉職に見せかけ、刑事に殺された。その指令は組織《ネス》だ」
「な、に? 」