【現代ファンタジー小説】祓毘師 耶都希の復讐(46)信念、思い、道
「姉さん、今回はNS《ネス》からの依頼だよ」
「ネス、から!? 」
「カザマという人、NS《ネス》の一員。裏切ったみたい。始末するように言われた」
「裏切り!? 」
「詳細は僕にも分かんない。カザマは組織の中核の一人みたいだけど、背任行為があったとか言ってた」
「……幽禍《かすか》は、どうするの? 」
「今姉さんが保有しているモノ、使っていいって」
「どうして、それを? 」
「NS《ネス》は、姉さんが支援センターで活動していることを知ってる。新月前に進毘師《すせりびし》に清浄してもらうこともね」
「でも、これは依頼人のものじゃ……」
「気にしなくていいんじゃない。僕が空《くう》の幽禍を使っても結果は一緒だし。進毘師の清浄が省けるから、手間も要らないし」
「……そうね。でも、陽がやれば私、必要ないんじゃない」
「僕が頼んだ。姉さんに協力してもらうって。……僕、金刀比羅《ことひら》で迷惑かけたし」
「迷惑だなんて」
「それに……県議会議員の処理、姉さん気にしてるんじゃないかと思って」
心配してくれている陽がいた。窮屈な心の中に、少しだけ隙間が出来たように、楽になった。
間を置き、訊ねてみたくなった。
「陽……」
「何?」
「ネス、大丈夫? 」
「どういう意味? 」
躊躇《ためら》った。組織に対する不安と身の危険を感じていることを、伝えたかったが押し止める。
「んんんっ。裏切り者が出るって、何かトラブってるんじゃないかって思って」
「……別に気にすることないよ。裏切り者は処理していけば、問題解決するんじゃない」
「そうね。……ところで、京都のどこに行けばいいの? 」
「三条駅で、21時に」
「分かったわ」
電話を終え、組織《ネス》へOKの返信をおこなった。
母を亡くした後の非苦とは違った、今の苦しみ。居場所と使命を自分のものにした祓毘師《はらえびし》の歩みが、濃霧に囲まれていく感じ。信念が、想いが、道が、崩れ始めていた。
この日の夕方、RXで外出。
ふとした思いつきで洲本へ出掛けた。そう、篠倉《ささくら》の働く居酒屋だ。女一人で行くのは悩ましいが、彼の『いつでも来てください』に乗ってしまう。
暖簾《のれん》前で少し躊躇するも、吸い込まれるように入店。
「いらっしゃいませ」
入口近くにいた、紺色着物姿の若い店員の淑やかな挨拶。それが合図のように、他従業員の声が一斉に響く。
「「「いらっしゃいませ〜」」」
正面にカウンターがあり、右側から奥にかけて、L型の座敷に七座卓ほどある。右側手前に生け簀があり、カウンターに沿って厨房が。そこに五人の料理人がいた。
私に歩み寄る女店員に、一人であること、カウンターでいいことを告げ、遠慮がちに入口側に座る。私に気づいた厨房の篠倉。カウンター越しに近づいてきた。笑顔で。
「いらっしゃい、湊さん」
「こんばんは」
目を合わせることなく、メニューを開いた。夕食のために。
注文や味の感想など、店員と客の安易な会話は彼とするものの、この日は店内が忙しく、それ以外の話しをすることはなかった。というより、そのつもりは甚だなかった。
一時間ほどで席を立つ私を、気に掛けていたようだ。
「湊さん、すみません。ゆっくりお話し伺いたかったのですが……」
「食事に来ただけなので。美味しかったです、ご馳走様でした」
勘定をし、暖簾をくぐって外へ。
「湊さん! 」
駐車場を歩く後方から呼ばれた。振り返ると、入口付近に白帽を手に持つ篠倉《ささくら》が立っている。
返事はせず「何?」のつもりで、首を少し傾《かし》げた。
「湊さん、また来てください。もし……もし宜しければ、お店が休みの日に、僕の手料理、食べに来てもらえませんか」
彼が真面目とは聞いていたが、そのようだ。それに、篠倉の照れ感が伝わってくる。
(そのセリフって、女から言うもんじゃないの。……料理人だから仕方ないか)
微妙にクスッと口元が緩んだことに気づいた私は、普段の無表情に戻した。
「気が向いたら」
背を向け数歩歩いたが、立ち止まり、再び体を反転させ料理人に伝える。
「ココに来たこと、内緒でお願いします」
捨て台詞のように残し、店を後にした。愛車のバックミラーには、まだ彼の姿が映っていた。
内緒も何も、他の従業員や客がいたのだから、内緒になるはずもない。ただ真面目な彼のことだから、市場に来た際に礼を言われると思い、念を押したのだ。
気難しい女で評判の私に、優しく声を掛けてくる彼は、私の本性を知らない。
真面目に生きる篠倉《ささくら》勝秋《かつとき》の、邪魔をしてはいけない。二度と彼のお店に行かない、と決意しながら、RXを疾駆させていた。