【短編小説】No.3 ジャスミン
ふわふわの真っ白な世界に、ポツリと二つの椅子が用意されていた。肘掛けのある年季の入った椅子で、良く磨かれた木目が美しい。
誰に促されるわけでもなく、向かって右側の椅子に座った。空白のままの、左側の椅子の肘掛けに、そっと手を載せる。
少し、遅れているようだ。久しぶりだから道に迷っているのかもしれない。
ここに来るまでの長い道のりを振り返る。失ったものを数える。出来なかったことを押し並べる。
左手に持たされた機械が、振動している。モニターを覗くと、“到着十分前”と表示され、その下には、イエス or ノー とある。迷うことなくYesを押すと、途端に胸が脈打った。
どんな話をしようか。質問ばかりが浮かぶ。
-幸せだったか
-あの子は元気か
-今は幸せか
どっちにしても晴れないのだ。幸でも不幸でも。だからどちらでも同じなのだ。
それならば何を期待しているのか。
機械がまた振動する。モニターに“到着五分前”と表示され、また、イエス or ノー とある。今度は指が迷った。
肘掛けに置いた手をそっと離し、そして立ち上がる。空っぽのままの左側の椅子にジャスミンの花を一輪置いた。
-だから会わない-
もう二度と、さようなら。
ブーブーと振動を続ける機械を投げ捨てると、みるみるうちに白いふわふわに吸い込まれ、ほのかにジャスミンの薫る椅子だけが残った。
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