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【短編小説】No.10 河童 the 川流れ③ 完
イベントは三ヶ月後に設定された。これから準備や、告知やからで忙しくなる。テレビに映る作戦は失敗したから、次こそは僕も頑張らないと、と、気合いを入れた。
そして遂に、イベント当日を迎えた。
「え?これ着てやるんですか?」
僕はいつもの着ぐるみを手に取り、会頭さんに聞いた。
「当たり前や!尼崎の河童と言えば、あまガッパやねんからな」
着ぐるみを着たまま隠れんぼなんてしたことがなかったから、自信がなかった。でもここは町おこし大使としての腕の見せ所でもある。着慣れて体にしっくりとフィットした着ぐるみをまとい、商店街に向かった。
商店街には百人以上の人が集まっていた。思っていたよりも規模が大きい。
「金かけたからな!」
会頭さんは誇らしげだった。参加者の内、尼崎に住んでいる人は半分くらいで、あとの半分は大阪や京都、岡山なんかからも来てくれているらしい。俄然、気合いが入る。
「それでは登場してもらいましょう!今日の主役、あまガッパです!どうぞー!」
僕を雇っていたおばちゃんの声に促され、百人の前に姿を見せた。テレビにチラッと映った影響も少しはあるようで、普段のイベントよりも写真を撮ってくれる人が多かった。これで少しは役に立てるかもしれない。
「それではルールを説明します。これからこの商店街のどこかにあまガッパが隠れます。制限時間三十分以内に見つけることが出来た方の勝ちです。勝った方にはこの商店街で使えるクーポン券を差し上げます」
このクーポン券はかなり思い切っていて、なんと、すべての商品が半額になる券が十枚もついている。会頭さんの自信の現れだった。
「それでは今からあまガッパが隠れます。皆さん三分間目を瞑って下さい。よーいスタート」
おばちゃんの合図で僕は駆け出した。この間は壺に化けたから、今度は透明になろうと思う。三十分間ずっとじっとしていないといけないから、角の方で、なおかつ腰を下ろせる場所を探した。
この間、撮影をした八百屋の横が丁度良い。僕は腰を下ろし、透明化した。
「三分が経ちました。あまガッパは準備できてるかな?それでは隠れんぼスタートです!」
僕はドキドキしていた。今回こそは成功させて、商店街を盛り上げるぞ。いつの間にか、町おこし大使としての自覚が芽生えていたようで、活気に溢れた未来の商店街を想像し、鼻息が荒くなる。
「見つけた!」
開始三分だった。まだ幼稚園にも行っていないほどの子供に指を指されて驚いてしまった。
「ママー!見つけたよー!」
「あら。案外簡単やったなぁ」
そんなはずない。透明化しているのに。商工会議所では誰も僕を見つけられなかったんだ。見つかるはずが…
「おーおったおった」
「見つけた!よっしゃ!クーポン券ゲットや」
あれよあれよという間に僕のまわりに人が集まり、証拠のスタンプを押していく。会頭さんのところにわらわらと参加者が群がり、クーポン券が渡された。用が済んだ参加者は当然のように帰路につく。開始から十分も経たずに商店街は静まりかえった。
一つも捌けないつもりで作ったクーポン券があっという間になくなり、皆ポカンとしている。
「なんで見つかったんや!会議所ではあないに上手く隠れとったやないか」
会頭さんに責め立てられる。
「いやでも僕、ちゃんと透明化していましたよ。透明化したら人間の皆さんには見えないんでしょう?」
皆が僕を囲んで、やいやいと口々に何かをまくし立てている。
「ほなもっぺん透明なってみぃ!」
会頭さんに言われ、すぐに透明になった。今すぐ消えてしまいたいという、このときの僕の気持ちと同じだった。
「思いっきり見えとるやないか!」
「そんなはずは…」
会頭さんにまた言われ、体を見回した。確かに透明になっていない。どうしてなんだ。
「なぁ。これのせいちゃうの?」
僕を雇っていたおばちゃんが着ぐるみを指して言った。
「着ぐるみか?ほないっぺん頭取ってみぃ!」
会頭さんに言われ、すぐに頭を取った。商店街がどよめく。首なし河童かあまりに不気味だったらしい。
「なんやこれのせいやったんかいな」
会頭さんはガックリと肩を落とした。
「大赤字やないか」
「どうすんねん。半額クーポン使われたらたまらんぞ」
僕は申し訳なさに泣きそうになった。もうこれ以上、ここには居られない。町おこし大使として何の役にも立たなかったんだから。
肩を落とすおっちゃんおばちゃんの横で、着ぐるみを脱いだ。綺麗に畳んで、最後にそっと頭を置く。
思えば本当に楽しい二年間だった。ちょっと日光浴をしようと川面に向かったあの日から、激動の毎日が始まったのだ。川の中で河童の仲間たちと暮らしているだけでは経験できない、人間の世界をたくさん教えてもらった。河童が霞むほどに派手なファッションをしたこの町の住人たちとの毎日は、今思えば本当に楽しかった。
欲を言えば大使としての役目をきちんと果たしたかった。皆に喜んでほしかったんだ。自然とそう思うほど、僕はこの町が好きになっていた。
「何にも出来なかったな」
河童に涙は厳禁だ。頭のお皿が乾いてしまう。それでも、どうしようもなく溢れ出て止まらなかった。頭がどんどん乾いていく。力が入らない。重くなった足を引きずり、商店街の出口へ向かう。すぐ近くには庄下川がある。そこから、河童の世界に帰ろう。重くなった体は上手く動かなくて、何度も倒れそうになりながら歩いていた。するといきなり目の前が横転した。
「きゃー!ごめんなさい!」
「ちょっと何してるのよ!慌てすぎよ」
「だってイベントが終わっちゃうと思って…そんなことより大丈夫ですか?立てますか?」
重い頭を上げ、声の方へ顔を向ける。若い女の子二人が、僕を見下ろしていた。
どうやら僕は、この二人組のうちの片方とぶつかって倒れてしまったようだ。
「大丈夫ですか?救急車呼びますか?」
「だい…み…水を」
僕は声を振り絞った。
「水?水ならここに」
女の子は自分のカバンを漁り、ペットボトルを取り出した。
「あの…頭に…かけて…」
「頭?熱中症?かければいいのね?」
女の子は慌ててペットボトルの蓋をあけ、僕の頭に思いっきりかけた。途端に意識が蘇り、元気百倍!空も飛べそうなほどに体が軽くなった。
「あぁ。ありがとうございます。おかげで回復しました」
「え?本当にもう大丈夫なんですか?」
「はい。頭のお皿が乾いていただけなんで、水さえあればもうすっかり」
「頭のお皿って…え?ええ?ええええええええええーーーーーーーー!」
女の子は飛び跳ね、もう一人の女の子と手を取り合った。やばいやばいやばい!と叫んでいる。
「え?尼崎の河童って本物なんですか?」
「え?あ、はい。そうですよ」
「えええええええええええーーーーーーーー!やばい!お兄さんが河童?」
「そうです。体も緑で水かきも甲羅もあるでしょう」
「いや、本当だ、やばいやばいやばい!写真撮ってもいいですか?」
女の子たちがイソイソと携帯電話を取り出した。
「あ、いいですよ。慣れてますから」
カシャカシャと写真を撮り、おもむろに携帯電話を触っている。もう一人の女の子は何やら電話で話し始めた。
「この写真、ツイッターにあげてもいいですか?」
ツイッターというものが何なのかはよく分からなかったが、特に断る理由は無い。承諾してから、軽くなった体で庄下川を目指した。
川岸に立つ。ここから、全てが始まったんだ。後ろを振り返り、深く、深く、頭を下げた。
「二年間、ありがとうございました!」
涙はもう出なかった。楽しかった思い出を、今度は河童の仲間たちに話してやるのだ。川に飛び込み、川の深く、奥深くにある河童の村へ向け、河童はゆったりと泳ぎ出す。
数日後、尼崎の町はたくさんの人で賑わっていた。キュウリやナスを抱えている人や、虫取り網を持った人、大きなカメラを抱えた人などで溢れかえっている。
「どないなっとんねや」
会頭さんはまた、頭を抱えていた。
「なんやツイッターか、ツイードかなんか知らんけどそういうので本物の河童がおるって噂が広まったらしいわ」
「なんや!ツイードて!」
「これやこれ」
そう言って、河童を雇っていたおばちゃんがスマートフォンを会頭さんに見せた。見慣れた河童の写真が表示されていた。その下には「河童と隠れんぼのイベントに来たら本物の河童いて草」の文字が書いてある。
「あいつやないか。そういえばどこ行ったんや、あいつは」
「隠れんぼのあとからめっきり姿が見えんのや」
河童を雇っていたおばちゃんが言った。
「それはそうと、この忙しさ、なんとかせなあかんでぇ!ほい仕事仕事!」
会頭さんは商店街のおっちゃんおばちゃんのお尻を叩いた。会頭さん自身もお客さんにあれやこれやと話し掛け、河童の話などで盛り上げた。
一番聞かれるのは「今、河童はどこにいるんですか?」だった。
会頭さんは困りながらもこう答えた。
「さぁ。わかりまへんけど、あいつは隠れんぼが上手いんや。透明になったり、物に化けたりしてきっとその辺からこの賑やかな様子を見てると思いますわ」
そう言って、会頭さんは近くに置いてある壺を持ち上げ、揺らした。面白がってお客さん達もあちこちのものを揺らす。とんでもない活気と混乱が訪れたが、まぁそれもこの町らしい風景だった。