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【短編小説】No.4 ちりあくたの想念

 髪を整えて、香水を振る。ただ手紙を書くだけなのに、いつもより念入りに身支度をした。書いた手紙は川に流そう。届かなくて良い。ただ流され、漂う。それだけが良い。
 筆の動くままに文字を滑らせる。文章なんて気にしていられなかった。

 ハタと手を止める。あれからずっと「私」だった固有名詞が、君のくれた愛称に戻っている。
 気付くと同時だった。真綿で丁寧に包もうとした言葉達が、堪えきれない様子で逃げ出した。代わりに踊り跳ねたのは、思慮も世辞も配慮の欠片もないまっすぐな言葉だった。

 たった五文字の言葉になるまでに何億もの言葉を千切っては捨ててきただろう。あの頃交わしていたものと何ら変わらない言葉が胸をさらった。
 川まで歩こう。あの川はどこまで繋がっているのか。出来ることなら大きな大きな海へ導いて欲しい。そして私が死んだ後も、漂うのが良い。
 細長い瓶に、丸めた手紙を詰めてコルクの栓で蓋をする。脱臼しかけた肩で出来るだけ遠くに投げた。 

 風の吹かない川面は流すこともせず、ただプカプカと手紙を浮かべている。陽の光が美しく照らし、それはまるで旅立ちを祝う儀式のように感じた。
 一抹の寂しみを胸に、川面に背を向けたまさにそのとき、その瞬間をつけ狙っていたかのようにあいつがやって来た。黒ずくめの衣をまとったあいつだ。
 呆気なかった。何年もかけて、何億もの言葉を重ねて、やっとつづったその手紙は、呆気なくあいつに奪われた。

 きっとキラキラ輝いて見えたのだろう。お山の七つの子が喜ぶ顔でも思い浮かべていたのだろうか。
「こんなのいらねぇよ!」と、すげなく突き返され、捨てられる様子が頭に浮かび、笑みが一息あふれた。
 青春をかけた想念が、歴とした塵に変わった歴史的瞬間だった。
 

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