陣痛は孤独との戦いだった
ついに来た、本陣痛。
これはわたしとベビーと陣痛の絶対に負けられない戦い(?)。
0:00
今度こそ陣痛、始まったかもしれない。確証はないけど、なんだかそんな気がする。
これまでの痛みのレベルの変わらない前駆陣痛は8分間隔で起こり続けていたけれど、いま、間隔がかなりあいている。穏やかな気持ち。
1:20
来ている。
間隔が9分半から11分の間で一定で、痛みは「どんどん強くなっている」という感じではないものの、明らかに昨日までよりは強くなった。
痛みが引いている間は拍子抜けするほど穏やかだけど、来るときは「あ、これは来るな」とわかる。そして、引いていくときもわかる。その間じっと、呼吸をして待っている。
1時間、コンスタントに10分切るようになったら病院に電話しようかな。
4:00
2:00ごろに病院に電話して、入院準備をして受診してくださいと言われて、夫起こして陣痛タクシー呼んで荷物まとめて飛び乗って。タクシーでヘラヘラ笑っていたので、ドライバーさんにはだいぶ緊張感のない妊婦だと思われたと思う。
熱と血圧計られて、内診されて(めちゃ痛い)、入院が決まって陣痛室に通されて、機械につながれリストバンドつけられ書類にサインして、コロナの検査されて点滴打たれて、今に至る(夫は帰宅)。
いよいよ始まるぞって感じだけど、陣痛が強まって子宮口が開くのを待つ時間なので、むしろ束の間の休憩タイム。
陣痛間隔がまだ長いうちになるべく目を閉じておこう。
あ、また来た。持続時間2分。あれ、長くない? わたしのお腹に繋がれている機械がプープー反応している。陣痛終わってもずっと鳴っているのだが。と思ったら助産師さんが来て、機械をつけ直してくれた。どうもわたしが横向きになったせいでエラーが生じたらしい。
4:15
痛みが強くなってきている。痛い。
4:45
トイレ行きたい。でも機械と点滴繋がれているし、陣痛間隔短くなってきたし、ナースコールしなきゃだしで億劫でじっとしてる。次の陣痛去ったら呼ぼうかな。
5:00
相変わらず痛い。モニターに数字が表示されているけど何を表しているのかよくわからない。しかもモニターに背を向ける格好で寝ているのであまり見えない。こういうのは気を紛らわした方がいいのだろうけど、紛れるかな?
5:30
時々想定外の陣痛が来る。さっき終わったばかりなのにまた始まるとか、痛みの持続時間が2分越えとか。そういうイレギュラーはダメージ大きいのでやめてほしい。
5:50
今かなり痛いのが来た。持続時間3分41秒。汗かいてる。
6:00
またしても激痛。の最中に助産師さんが来て、子宮口の開き具合をチェックしていった。ダブルの痛み! と思ったけど、1+1=2じゃなかった。むしろ分散して0.7ぐらいになった。ラッキー。
ずっと横向きで寝てたけど、仰向けで膝を立ててみてもらったので、なんとなくそのままの姿勢で次の陣痛待機(体勢を変えることすらしんどい)。
子宮口は開いてきているらしい。「進んでますね」の一言に超安堵。そうであってくれてよかったよ!!! 願わくは数時間後には産んでいたい!
6:05
追い討ちをかける陣痛。腰にじわっと痛みが広がる。ここへ来て妊娠後初の腰痛。陣痛と共に腰痛も去っていった。唖然。
今度は陣痛よりも腰のが痛い。姿勢の問題か? 動くのもつらいんだけどどうするのが正解?
とりあえず頭の位置上げてみた。やっぱ痛い、腰が。テニスボール必要だったな。代わりに拳挟んどく。
6:25
今度の陣痛は上体を起こしてみた。めっちゃ楽になった。しばらくは胡座でいこうかな。もう朝だし。
6:30
ベッドのリクライニングを起こしてもたれかかってみたが、陣痛が来て起き上がるとき痛かった。背もたれ使わない方が楽なよう。普段はお腹の重みのほうがしんどくてもたれかかりたいのに、陣痛来てからはお腹が大きいことを忘れるレベルで陣痛に意識を持って行かれている。
6:40
痛い。胡座かいて下向いて息を吐き出しながら、右手で腰をさする。孤独な戦いだなあ。
コロナで夫に立ち会いもしてもらえないし、助産師さんはずっとは傍にいてくれない。遠隔でモニターを見ているとはいえ、わたしのこの苦しみの生々しさは、わたししか知らないんじゃないか。出産はベビーとの共同作業だけど、とてもじゃないがベビーを慮れる心の余裕がまるでない。陣痛との一騎打ちである。痛すぎ。
6:50
腰が面で痛い。どういう仕組みになっているんだろう。どこ押すのがいいのかわからないし、さすっても余計痛い。もはや触れると痛い。
7:00
遠くで新生児の泣き声が聞こえる。お目覚めかな。わたしも早くそっち側に行きたい……。
暑い。髪結びたいけどヘアゴムを荷物から取り出すことすら億劫。
左足が痺れた。そおっと重心を右にずらす。
ベッドの柵に肘を置いてうとうとしてたら、ズルッと滑った。痛みと痛みの合間に意識を失って、また痛みに起こされる。それの繰り返し。
今結構でかい波が来たけど、ハンドパワーで乗り切った気がする! 面の腰痛には点で挑むという新たな可能性が開けた。
7:12
眠い。うとうとしているけど、どこにももたれ掛けられなくて揺れている。
7:30
腰痛い。触れると痛い。触れなくても痛い。
さっき有効だった手段が次にはすぐ無効化される。新型ウイルスみたいなイタチごっこ。陣痛手強すぎ。
腰浮かせ気味のが楽かなと思ったけど、あまり変わらない気がする。何しても痛い。
7:45
陣痛中、ふいに仕切りの隙間から涼しい風が入ってきて気持ちがいい。でも腰は痛い。
横になった方が腰の負担は軽いのかもと思い、横向きで寝そべってみる。堂々巡り。
7:50
機械がまた鳴り出して、助産師さんが複数人バタバタとやってきた。陣痛との戦いがあまりに孤独なので、明らかに何かあった雰囲気だというのに人が来てくれるだけでほっとしている自分がいる。もっとガンガンナースコール押せばいいのかもしれないけど……。
初めて顔を合わせた助産師さんが挨拶もそこそこに「赤ちゃん元気だから、大丈夫だよ」と言ってくれる。なになに、どういうこと?
産科医と麻酔医がやってきて、赤ちゃんが苦しそうなサインが出ているので場合によっては緊急帝王切開になる可能性があると告げられる。陣痛の合間に説明を受けて同意書にサインをした。
最初に頭に浮かんだのは、この苦しみから一刻も早く解放されるならば縦でも横でも好きに切ってくれということだった。
次に浮かんだのは、今回のみならず今後も無痛分娩の夢は潰えたのだなということ。こんなに苦しいのに二人目産む可能性が今よぎるってどうかしてると思うけど。
ここからは帝王切開の可能性を見据えて飲まず食わず。そうじゃなくても飲み食いする余裕なんてもうなかった気がする。記録もここで途絶えたので、この先は記憶の断片を頼りに書く。
あれよあれよと何か色々検査をされて、怒涛の陣痛にひたすら耐え忍ぶ。ベッドの柵にしがみついて、必死の呼吸。フーッと吐き出す息に、情けない声が混じる。
?:??
子宮口6cm、「半分超えましたね!」と励まされる。半分超えまで結構かかったけど、もう半分あと何時間かかるの?
スマホを見る余裕もなく、部屋に時計もないので今が何時かわからない。というか、今何時だろうと考える余裕もなかった。
ひたすら痛い。助産師さんが「また来ますね」と言って離れてしまうと、次の陣痛で呼び戻す。放置が辛すぎる。
ナースコールで「どうしました?」と聞かれて、「痛いです…」と絞り出す。これは一人で耐えられる域をとっくに超えているのだとわかってほしい。腰をさすってくれながら、「痛いよねえ」と言ってくれるだけで痛みがほんの少し和らぐのだ。共感が沁みた。
ナースコールのボタンを渾身の力で握りしめて、痛みを逃す。
?:??
痛みに便意が加わる。
ナースコールで呼び出した助産師さんに、恥を忍んで(今更何を恥じることがあろうか)、「うんちが出そうです」と申告する。「それ、赤ちゃんが下がってきてるのかもね」と言われる。ごめんベビー、うんちと間違えた。
10:00
子宮口はまだ開ききっていないけれど、柔らかくなってきているそう。分娩台に移動することに。この調子ならば経膣分娩できるかもしれない。
陣痛室でわたしを囲んでいた茶色いパーテーションが全開になって車椅子が登場。どこまで行くんだろうと思ったら、すぐ目の前の扉が分娩室だった。
分娩台によじ登り(ちょっと高い)、容赦なく襲いかかる痛みに耐えて壁の時計を見てびっくり。もうこんな時間だったのか。体感ではまだ8時ぐらいだったのだけど(完全に時が止まっている)。
11時には生まれるんじゃないかなと助産師さんに言われる。終わりが見えて安心した。
分娩台まできたらさすがに放置されないだろうと思ったのに、「準備してきますねー」とサクッと放置される。ベッドの柵よりは頑丈な手すりを握って孤独に耐える。
戻ってきたら戻ってきたで、今度は「診察しますねー」で子宮内をぐりぐりされる。痛いけど、放置よりマシ。
子宮口が全開になるまではいきんじゃダメ。出口の狭いうちに出てくることになったら、会陰を切らなくちゃいけなくなるから。
切られたくない思いでいきむのを我慢する。でも痛みの勢いが強すぎるから、めちゃくちゃ集中力を要する。痛みに負けるといきんでしまいそうになる。
いきむまじ、いきむまじ。
グッとなりそうなところをなんとかフウウウーッ逃してやる。上手に吐くにはちゃんと吸わないといけないけど、ゆったり吸っている余裕がないので途切れ途切れのフゥ、ゥゥ…。
だけど一瞬、集中力が切れた。
いきんじゃって、直後何かがパーンと飛び出した。
「ああっ!」ってここまでで一番デカい声が出る。
破水だった。めちゃくちゃ勢いのある破水だった。
その後も「診察しますねー」でグリグリされ、いきみそうになると出口を手で押し返してくれて(これはかなり安心した)、「うーん、(子宮口)9.5cmですね」と言われる。
0.5って絶対おまけで言ってるでしょと思いつつ、もう本当にあと少しのところまで来たのだと嬉しくなる。
そしてついに、「いきんでいいよ」と言われる。待ってましたとばかりに力を込める!
途中から登場したベテラン風の助産師さんが「目は開けて、おへそ見て」って厳しめに注意するから、全力で目をかっぴらいていきんだ。
「そうそれ!上手!経産婦さんみたい!」とおだてられ、「もういっちょ!」と乗せられてまた吸っていきむ。
いきむの上手いって褒められたという話はお産の体験談で本当によく聞く。これだけ長くいきみを禁じられてきた反動だろうな。
最初にうっかりいきんで飛び出した破水とは全然違って、いきんでもいきんでもまだ出てこない。でも手応えはある。
長い産道を、ちょっとずつちょっとずつベビーが押し出されていたんだろう。と、あとになってから想像するけれど、そのときはベビーだかうんちだかの区別もつかず、ただもう全力でいきんでいた。こんなに強くいきんでもまだ足りないと言うから、「ん゛ん゛ーーー!!!」と今までの人生で出したことのないような声とともに(あとで喉を痛めた)。
正面に立つ助産師さんの横っちょで、産科医がハサミを持って手を出している。ちょこちょこと会陰を切っているのがわかって少し腹が立つ(切られる痛みはまったくない)。脇役モーションなのがこんなときなのにちょっと笑えた。
10:52
オギャーが先だったか、助産師さんに抱えられたその小さな姿を見たのが先だったか。
びっくりした。
生まれてる!
今産んだ!という感覚はなくて、聴覚か視覚の情報が先だったから、本当にびっくりしたのだ。
そしてジワジワと、生まれたんだという事実が沁みる。
へその緒を切られ、わたしから分離されたベビーが処置のために連れて行かれるのを見送りながら、たぶん、「よかったあ」って言ったと思う。
いつのまにか実習の学生さんたちが来ていて、さっきまで脇役だった産科医が正面で会陰の縫合を始めていた(これはちょっと痛かった)。
ベビーが戻ってきて、対面を果たす。ギャアギャアと元気よく絶え間なく泣いていて、とても小さくて力強かった。
バスタオルに包まれてわたしの隣に来てくれて、助産師さんが何枚も写真を撮ってくれた。
目を固く閉じて、顔中をしわくちゃにして、真っ赤になって泣き続けていた。
あなただったんだね、わたしのお腹にいたのは。
やっと会えたね。
わたしたち頑張ったよね。
夫に報告のLINEを送る。
戦いが終わったことを知って、ほっとした。
「おめでとうございます」と口々に言われて、ここまでの道のりの辛さを思い返して「ありがとうございました」と返す。本当に。壮絶だった。これは覚えておかないといけない。ものすごい体験だった。
痛いのはこれでおわりじゃなくて、胎盤をにゅるにゅる出したり、お腹をぐいぐい押して悪露を出したり、まだしばらく分娩台の上での処置は続いた。
足がガクガク震えていた。
2時間はこのまま分娩台で安静に過ごすように言われ、ベビーは新生児室に連れて行かれ、再び一人になった。電話をしていていいと言われたので、夫とビデオ通話を繋いだ。
顔を見合わせたら、涙が出てきた。
感慨が押し寄せてきた。
戦いは孤独だったのに、今たしかに喜びを共有している。名前をつけるならば、これが幸せだ。
これを書いている今、枕がびちょびちょに濡れている。思い出し泣き。あるいはホルモンのバグかな。
ちなみに陣痛室の茶色いパーテーションは、その後の入院生活中に目に入るたびに孤独な戦いの苦しみが蘇る。幸せの代償は大きい。次があるなら絶対に絶対に無痛分娩。以上。