#09 助手席のわたし|思考の練習帖
「仕事場は、子どもたちの生活の場です」
これは、わたしが仕事関連の記事をあつめたマガジンに添えた説明文だ。
親元を離れて生活をする子どもたちの入所施設で、わたしは職員をやっている。子どもたちが生きていくために必要な暮らしの環境を整えて、子どもたちの一番身近な大人としてふるまう。
目指すべきは「家庭的」な暮らし?
施設で暮らす子どもたちに、なるべく「家庭的」な生活を提供しようというのが最近の業界のトレンドだ。子どもたちは、ただ雨風を凌ぐ建物と空腹を満たす食事と体を温める衣服があれば生きていけるわけじゃない。子どもたちそれぞれが、誰かにとって特別で大切な一人であることを実感して、明日も生きていこうと思えるだけのエネルギーを充填できるような関係性が必要なのだ(達成はとんでもなく難しく、もしかしたら不可能なのかもしれない。しかしこれが最大のゴールだと確信している)。
そこで、示されるのが「家庭的」な生活という目標なのだ。無機質で管理的な施設的な生活ではなくて、愛にあふれた家庭的な生活を…という話なのだろうけれど、誤解を恐れずに言うならば「家庭的」ってそんなにいいものだろうかと思ってしまう。敢えて(親子双方あるいは一方の意向で、もしくはいずれの意向にも反した司法や行政の介入によって、実にさまざまな事情によって)家庭から子どもを引き離しておいて、それでもなお家庭なるものを理想化することの矛盾を感じずにはいられない。
「家庭的」な家庭の指すところがどういうものなのか、わたしにはもはやよくわからない。家庭って、家族って、もっと生々しくて窮屈で苦しいものだよと言いたくなるのだ。
無機質で管理的な暮らしの対極にあるのは、たぶん「家庭」ではない。家庭から連想されるような生活感であることには違いないだろうけれど、家庭のすべてがそれに該当するわけではない。「家庭」というのは曖昧なイメージにすぎないから(それも、かなり美化されたイメージだ)。
生活は結果
子どもたちの生活の場を、わたしは同僚たちとともに作ってきた。わたしたちは交代でそこに泊まるけれど、生活はしていない(仕事をしている。すなわち常に気を張っている)。生活の場は生活によってではなく、管理によって成立している。だから、無機質で管理的な暮らしに簡単に傾いてしまうのだ。構造のベースがそっちにあるから。
生活の場を、もっと生活然とするにはどうすればよいのか。
しばしばそう悩み込んでしまうのだが、そもそもこの問い自体から生活をコントロールしようとするスタンスが滲み出てしまっている。
つまるところ、生活というのは結果なのだ。
いろいろな目的とか思惑とか希望とか譲歩とか挫折とかが入り混じりながら生きてきた、その毎日の積み重ねの結果が目の前の生活なのだ。流しの脇の食器かごにお箸とコップが置いてあること。洗面所のタオルがくたびれて見えること。歯磨き粉のチューブが半分潰れていること。ゴミ箱の中に紙屑やティッシュが溜まっていること。それらのモノ自体は関係なくて、そこにそういう状態であるに至った過程が生活感を醸し出している。
生活然とさせようとするのは本末転倒だ。
かといって、結果オーライだなんて言うのは無責任。
では、結果としての生活感を失わないためには何が必要なのかと考えると、それは過程のなかにある職員による管理を排除することなのだと思い至った。すなわち、子どもの主体性を引き出すことだ。
子どもたちが主体的に生きられるように
子どもたちの暮らしの環境を整えるという仕事のなかには、洗濯や掃除や調理や買い物などのいわゆる「家事」がたくさんある。家事を効率化したり、漏れを防ぐためにルールを決めたりすることは有用だ。家事を管理することで、子どもとの関わりにもっと時間をあてられるようにする方がいい。
これは必要な管理だ(管理の対象はわたしたち自身)。
一方で、子どもにも同じように効率を求めてはいないか?
生活の秩序は必要だが、それを大人だけで決めてしまっていないか?
子どもたちが自分たちの生活について、自分で決めるということ。
それを職員の手で奪ってしまうことは簡単だ。そのほうが面倒臭くないし、効率的だし、わかりやすいかもしれない。でも、その先にあるのは生活感の欠如だ。だって、そこでは子どもたちは生きていないんだもの。職員がああでもないこうでもないと喚きながら引っ張るのに任せて、目隠しした子どもたちがただ無為についてきているだけ。それじゃあ意味がないのだ。
生活の主体は子どもたちだ。
いつのまにか運転席にわたしが乗っていないかを常に自己点検して、ハンドルを横取りしようとする者がいれば追い払い、彼らのあやうげな運転にハラハラしながら、教習所の教官さながらもどかしい気持ちを精一杯抑えて助手席で見守ろう。…ときどきブレーキは踏ませて。
久々の #思考の練習帖。
今日はここまで。
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